第28話 ――ぱちん!
瞬きする間に収束が起こった。眼前を覆い尽くしていた糸がふっとかき消える。
そして最後に一本だけが残った――残されたのは、黒い糸。
黒い糸の端は朱翠影の腕にからみついている。彼の腕にまきついたそれは、垂れ下がり、さらに向こうへと伸びている。
雪華はそれを視線で追った――もう一端は賊の腕にからみついていた。黒い糸が朱翠影と賊の両名を結んでいるのだ。
敵は額に茶器を食らったものの、すぐに態勢を整えた。剣柄に手をかけ、今まさに抜剣しようとしている。
ほとんど無意識だった――雪華は空いている左手を動かし、腰帯に挿した
勢いがつきすぎて鋏は中空に飛び出し、雪華の頭上を越えた。くるりくるりと回転し、弓なりに落ちて来る。
――朱翠影は雪華の額に触れた瞬間、自身の腕に黒い糸がからみついていることを認識した。
突然現れたこの糸はなんだ?
からみついた黒い糸は垂れ下がって伸び、どういう訳か賊の腕と繋がっている。禍々しい嫌な感じがする糸だった。
慌てて雪華から自身の手を離す。ひと目見て黒い糸が『良くないもの』だと分かったので、ほかの人に接触しないほうがいいと思ったからだ。
糸の存在を認識した途端、体が痺れて重くなった。金縛りに近い状態だ。
黒い糸に気を取られていると、今度は中空に回転する鋏が現れた。鋏のほうは、どうやら雪華が上に放り投げたらしい。
「雪――」
彼女のほうを流し見た朱翠影は背筋がぞくりとした。
武人としての本能だろうか――彼女の動きに脅威を感じた。指先の挙動、視線の動かし方、すべてに一切の無駄がない。舞を踊っているように優雅でもあったし、獲物を仕留める鷹のように苛烈でもあった。
宙を回転する鋏の持ち手に、雪華が華奢な指を挿し込む――正確で大胆な動きだ。
捉えた――。
複雑に回転する鋏の持ち手に人差し指を引っかけた雪華は、朱翠影の腕を眺めおろした。
狙いは一点――彼にからみついた黒い糸だ、これを断つ。
穴に挿し入れた人差し指を中心に、鋏が惰性でしゃんしゃんと回転を続ける。
二回転後――刃先がちょうど下を向き、両端が良い具合に開く。
雪華は器用に親指を引っかけて回転を止め、渾身の力で鋏を振り下ろした。
刃先が空を切る音を聞きながら、脳裏に
『白い糸を切ると原因の相手に災返る、黒い糸を切る時は助けたい相手のために――……』
おそらくこれをすることで、私は何かを失うだろう……直感的にそれが分かっていた。
けれどやる。
朱翠影の腕をこするように鋏が通過し、開いている刃先のあいだに黒い糸が入る。
――ぱちん!
禍々しい黒い糸が断ち切られ、ふっとかき消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます