上杉さんには女装の才能がありすぎる②ドキドキ火曜日編

2-1 ひきこもり、危険の報酬を得る

 上杉家のダイニングでは、父が新型iPhoneを片手に四苦八苦していた。画面をタップするたび眉間のシワを深くする。


「父さんAndroidだから、LINE以外は全然分からん。まぁ、あとはみすみが招待に応じれば繋がるだろう。……って、今アラスカあっちは何時だ……」


 ホーム画面に戻る方法がわからず、父は無意味にスワイプを繰り返したあと、諦めたのか壁時計に目をやって、小さく頷いた。


「──深夜だな」



 

 上杉 丸うえすぎ まるの姉・みすみが、オーストラリアから帰国便を乗り間違えてアラスカに迷い込んで、今日で二日が経過した。




 父は、そのiPhoneを差し出した。


「ま。あいつのことだ。元気でやっているだろう。──吹雪が止んで飛行機がとべるようになるまでは、丸。こいつでひとつ、学校の方は宜しく頼むよ」


 それを受け取った丸は、風呂上がりの濡れたセミロングの髪で、手の中の、憧れだった、初めての自分だけのスマホを見つめた。父も目を細めた。


「招待のしかたは、母さんのを見て覚えたな?」


 丸は目を輝かせた。


「もちろん! 完璧だよ! でも……まあ……」

 ふっとトーンが下がり、口元を引きつらせた丸が言う。「招待する人なんて、家族以外いないけどね……」


 そこに、母が切り分けた桃の皿を手にして、


「わかんないわよ。こっちからしなくても、向こうから招待が来ることだってあるじゃない」


 そうテーブルに置きながら軽やかに言うと、丸の脳裏には、安達はるかの顔が浮かんだ。


「たしかに……ありうるね……」


 あの子の距離感は、近くて凄くこわい。


「──まぁ、女の子同士ならあれで普通なのかもしれないけど……。だとしたら悪いのは、おれか。男だって正体隠して学校で姉ちゃんの制服着てるんだし……」



 昼間、春日高校1-Aでの自己紹介の後、熱を測られたあの手の接触が今も額に残る。


 うなだれていく丸の顔は、登校二日目の明日を案じ、胃が痛むようにみるみる糸目になって行く。


「なんなんだろう、この後味の悪さ、罪悪感なのかな……」


 その頭に、そっと手をのせて、母が言った。


「丸は本当に優しいこだね。お姉ちゃんの居場所を守るために、こうして頑張っているんだもんね」



 すると、「──でも、思いがけず井上の奴にも再開できたし。怪我の功名っていうか…… 唯一の救いだよ」テーブルの上で丸が、口角を上げた。


 その変化に気付いて、母は、にやりと笑った。


「──ひょっとして、それって…… 初恋の人とか?」



「違うし! 逆だし! ──でも、それがどうも、拗れてるみたいでさ、なんかおれ、めっちゃアイツから恨みを買ってるみたい……」


 またそう言いながらうつ伏せていく口に、母が、桃を一切れ差し込んだ。



 明日がこなければいいのに……。


 考えれば考えるほど、胃は痛む。


 桃を噛みながら、テーブルの上で、みすみとそっくりな丸の顔がため息を吐いた。

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2024年12月19日 07:00

上杉さんには女装の才能がありすぎる②ドキドキ火曜日編 @AK-74

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