上杉さんには女装の才能がありすぎる②ドキドキ火曜日編
朱
2-1 ひきこもり、危険の報酬を得る
上杉家のダイニングでは、父が新型iPhoneを片手に四苦八苦していた。画面をタップするたび眉間のシワを深くする。
「父さんAndroidだから、LINE以外は全然分からん。まぁ、あとはみすみが招待に応じれば繋がるだろう。……って、今
ホーム画面に戻る方法がわからず、父は無意味にスワイプを繰り返したあと、諦めたのか壁時計に目をやって、小さく頷いた。
「──深夜だな」
父は、そのiPhoneを差し出した。
「ま。あいつのことだ。元気でやっているだろう。──吹雪が止んで飛行機がとべるようになるまでは、丸。こいつでひとつ、姉ちゃんの学校の方は宜しく頼むよ」
それを受け取った丸は、風呂上がりの濡れたセミロングの髪で、手の中の、憧れだった、初めての自分だけのスマホを見つめた。父も目を細めた。
「招待のしかたは、母さんのを見て覚えたな?」
丸は目を輝かせた。
「もちろん! 完璧だよ! でも……まあ……」
ふっとトーンが下がり、口元を引きつらせた丸が言う。「招待する人なんて、家族以外いないけどね……」
そこに、母が切り分けた桃の皿を手にして、
「わかんないわよ。こっちからしなくても、向こうから招待が来ることだってあるじゃない」
そうテーブルに置きながら軽やかに言うと、丸の脳裏には、安達はるかの顔が浮かんだ。
「たしかに……ありうるね……」
あの子の距離感は、近くて凄くこわい。
「──まぁ、女の子同士ならあれで普通なのかもしれないけど……。だとしたら悪いのは、おれか。男だって正体隠して学校で姉ちゃんの制服着てるんだし……」
昼間、春日高校1-Aでの自己紹介の後、熱を測られたあの手の接触が今も額に残る。
うなだれていく丸の顔は、登校二日目の明日を案じ、胃が痛むようにみるみる糸目になって行く。
「なんなんだろう、この後味の悪さ、罪悪感なのかな……」
その頭に、そっと手をのせて、母が言った。
「丸は本当に優しいこだね。お姉ちゃんの居場所を守るために、こうして頑張っているんだもんね」
すると、「──でも、思いがけず井上の奴にも再開できたし。怪我の功名っていうか…… 唯一の救いだよ」テーブルの上で丸が、口角を上げた。
その変化に気付いて、母は、にやりと笑った。
「──ひょっとして、それって…… 初恋の人とか?」
「違うし! 逆だし! ──でも、それがどうも、拗れてるみたいでさ、なんかおれ、めっちゃアイツから恨みを買ってるみたい……」
またそう言いながらうつ伏せていく口に、母が、桃を一切れ差し込んだ。
明日がこなければいいのに……。
考えれば考えるほど、胃は痛む。
桃を噛みながら、テーブルの上で、みすみとそっくりな丸の顔がため息を吐いた。
次の更新予定
2024年12月19日 07:00
上杉さんには女装の才能がありすぎる②ドキドキ火曜日編 朱 @AK-74
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。上杉さんには女装の才能がありすぎる②ドキドキ火曜日編の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます