攻撃開始と、断末摩


  *


『目標、魚雷の有効距離に到達!』


 別所船長が本部へと緊急の応援要請を出した直後、魚雷を担当する船員からの声が通信機に届く。即座に別所船長は短くも絶対的な命令を下した。


「撃て!」


『了解、式神誘導式魚雷──発射!』


 軽い振動が船を揺るがせる。ドォン、というくぐもった音が震えとなって身体に届く。程無く前方の海面、神話生物がいると思しき場所から大きく水柱が何本も上がった。噴き上がる水に混じり、千切れた触手と思われる黒く細長い物体が飛沫のように空中に舞い散る。


 別所船長はモニターを凝視する。しかし神話生物を示す黒い点はゆっくりと動き続けている。あまり効いていないのか──別所船長は煙草のフィルターを噛み潰し、強く拳を握る。


「魚雷の次弾装填急げ、霊波砲のエネルギーはどうだ!?」


『現在八十九パーセント、後十五秒でいけます!』


『魚雷次弾装填完了、撃てます!』


「次々撃て! 進行を止めろ!」


『ラジャー!』


 また船が発射の反動で軽く揺れた。上がる水柱は威勢が良く、しかし薄目でちらと流し見た触手玉はさしてダメージを負っているようには見られない。歯噛みすると、別所船長は咥えていたボロボロの煙草を吐き出し、握り潰した。


『水中霊波砲、エネルギー充填完了! 照準、前方の神話生物を捕捉!』


「──ぶちかませ!」


『発射!』


 別所船長が怒号を発し、砲撃手が叫ぶと同時、腹の底から響く音が振動となってびりびりと空気を震わせた。白い霊力が光の帯となって触手玉へと水中を突き進み、そして杭の如く黒い塊の中心を貫く。光が弾け、閃光となって溢れる。高く上がった波が波紋となって広がり、やがて船を大きく揺さぶった。


「魚雷はさしてダメージを与えられないようだが、これなら……!」


 モニターの中では砲撃の余波で海底の砂がもうもうと巻き上がり、神話生物の姿を隠している。やったか、と別所船長が期待を込めて注視するが、しかし──。


「──っ」


 咄嗟に別所船長は視線を逸らす。砂煙を割ってぬうっと現れたのは、紛れも無いあの触手玉であった。しかも、少し一部が削れてはいるものの、まだ全体としてはさほどダメージを負っているようには見られない。


『船長、第二撃は九十二秒後に発射可能です!』


「そのまま充填を続けろ! 可能になったら直ぐさま発射だ! 命令を待つ必要は無い!」


『了解しました!』


 ゆっくりではあるが、神話生物は確実に船へと近付いている。端末にはまだ上からの返答は無い。駄目元で魚雷を撃つか否か逡巡する別所船長の耳に、突如悲鳴が届いた。


「どうした、今の悲鳴は何だ!?」


『触手が、触手が伸びて来て、──ぎゃあああっ!? あがががががああああああっっ!!』


 通信機から届くのは甲板に配置されている船員の、断末摩の如き叫びだ。同時に、甲板に居るムクロとクグツからも声が入る。


『別所船長、神話生物が触手を伸ばして攻撃して来たわ! 海中から突然触手が現れて……船が触手に囲まれていて、何処から攻撃されるか分からない状況よ!』


『取り敢えずムク姉や俺様も含めて、戦える船員で対処中! でも圧倒的に手が足りねえ!』


 戦闘艇『マルフィク』の船員達は大なり小なり戦闘の訓練を受けた術士で構成されている。しかし基本的に船を使っての戦いをメインとする戦闘艇の乗組員であり、白兵戦での練度はさほど高いとは言えない。第〇〇遊撃隊のような、直接戦闘に特化した人員とは訳が違う。強力な神話生物相手なら尚更だ。


「分かった、俺も甲板に上がる!」


『ちょっとおっさん、何言って……!?』


「この船で一番強いのは俺だ! 船員を護るのが自分の役目だ!」


『船長がもし倒れたら、この船の指揮はどうするのよ!』


「心配要らん、そっちに関しては優秀な副船長もいる。これ以上、船員を危険に晒す訳にはいかんのだ!」


 通信機の向こうからはまた叫びが聞こえる。別所船長は手早く他の船員へと指示を飛ばし、帽子を深く被り直す。そしてモニタールームを飛び出すと、甲板へと続く階段を駆け上がった。


  *


「……何て事だ」


 甲板の惨状を見た別所船長は、思わず息を飲んだ。


 バケツでぶち撒けたが如き大量の血液が広がり、その溜まりにはバラバラに千切れた肉片がべちゃべちゃと無造作に落ちている。骨ごとぶつ切りにされた肉は生々しい断面を晒し、そしてぐしゃぐしゃに潰された頭が船の揺れに合わせてごろごろと転がる。


「船長! こっちに!」「おやっさん、早く!」


 船員達の声に別所船長ははっとそちらへ目を向けた。甲板の中央付近で、三人の船員とムクロ、そしてクグツが背中を合わせ、それぞれの武器を構えている。


「おっさん、そこ危ない! 早くこっち!」


 クグツの声に弾かれたように別所船長は走り出し、素早く輪の中に加わった。自身の武器であるトライデントを呼び出して隙無く構える。先程まで居た場所に触手が突き刺さるのを目の当たりにして、別所船長はゴクリと喉を鳴らした。


「こんな風に、いきなり触手が襲って来るの──よ!」


 ムクロは言葉を発しつつ、海中から飛び出し勢い良く迫って来た触手を剣の如き骨で切り飛ばした。他の皆も同様に、あらゆる方向からいきなり襲い来る触手に対処している。別所船長も伸びてきた二本の触手を斬撃で払いながら、苦々しく吐き捨てる。


「こちらが攻撃した事で、敵として認識されたんだな」


「そうだろうな。でもよ、見方を変えりゃあ、『祝詞竜』への感心を逸らす事に成功したって事じゃん?」


「考え方が前向きだな、坊主」


「坊主って呼ぶなってば、おっさん!」


 叫びながらクグツは右腕から伸ばした霊気エネルギーの剣で触手を切り飛ばす。その隣では船員の一人が、触手を左手の脇差しで払い右手の打刀で切り刻む。


「でも、……キリが無いっすよ! おやっさん、このままじゃジリ貧ですぜ!?」


 別の船員が曲剣と丸盾で触手をあしらいながら声を上げる。その向こうではもう一人の船員が触手を鎖鎌で絡め取り、三本を一度に薙ぎ払った。別所船長も負けじとトライデントの斬撃で三本の触手を同時に切り落とす。


「先程緊急の応援を要請した。直ぐに加勢が来る筈だ、それまで持ちこたえるんだ!」


 誰もが無言で頷いた。──加勢は本当に来るのか、直ぐとはいつなのか。誰もが頭の中でそう思ったが、誰も口にはしなかった。別所船長も自嘲の笑みで口端を歪め、そして斬撃でまた二本の触手を切り裂いた。


「──っ、うわっ!?」


 そんな時だった、隣の船員が驚いたように声を上げたのは。


  *

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罪喰う奈落のシンセティカ 神宅真言(カミヤ マコト) @rebellion-diadem

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