第2話 対策会議

 神なんかいない。


 肉体的な安全、精神的な支柱、道徳的な規範。どれも祈って与えてもらう物じゃなく、各人の心がけ自体に宿ってるって思う。だが、人間ってのは弱い。自力で悪しき習慣を慎み、善行に励むのは難しい。


 幸い、最近は教会の力が強くなった。神が見てるって理由で多くの人間が精進できてる。

 俺が小さかった頃より道を踏みはずすヤツが減ったし、他人を思いやる人は増えた。おかげで不幸な事件は少なくなった。


 ちょっと前には孤児院だって完成した。

 いろんな人が救いを求めて教会に寄付してくれるから、チビ共は腹いっぱいメシを食い、目いっぱい遊んで学び、大の字になって寝れている。

 いいことだらけ、信じる誰もが得する状態。


「ここまでくると正直、奇跡ですよねー。ウソっぱちでも」

「だろ?だから守ってかなきゃなんないんだ」

「まー、私にはご利益ないですけどー」

「俺たちは裏方だからな。あっち側じゃない」

「救われないかー。まー、今更ですねー」


 肩をすくめて笑う調達担当の頭に、ポンと手を置く。

 短い付き合いじゃない。作り笑いくらい、すぐわかる。


 ふたたび、縫製担当の手が天を指した。


「あの、実現させるとして……どうするんですか?」

「ペガサスを作る」

「え?」

「模型だよ。翼が動いて、ちょっと飛ぶくらいでいい。あとは演出次第だ」


 すかさず神官服を着崩した優男が立ち上がった。演出担当だ。


「そうだねリーダー。ご神託ではペガサスの降下位置まで決められていない。大聖堂の屋根だったら観客の目から遠いし、作り物でもバレないさ」

「採用。見せ方を考えてくれ」

「もちろん。ボクにお任せあれ」


 サムズアップに演出担当が芝居じみた礼を返してきたのを確認し、俺は計画の方針を固めた。

 みんなを見回す。


「俺たちはプロ、全員が専門家だ。力を合わせば必ず乗り越えられる」


 仲間の目つきが変わった。


「了解リーダー。当日の気象状況を解析するよ」

「データ作れたらコッチに回して。模型の制約条件をまとめるから」

「エエ感じなペガサス、数案ちゃちゃっと描いてみるで」

「こちら造形担当。質感の検討にかかります」


 各々が専門性を発揮するにつれ、控室の混迷度合も高まってくる。俺も室内を回り、相反する意見をすり合わせ、絡まりあった問題の解決に力を注ぐ。

 おなじみの役割分担。お互いの強みを知り尽くした俺たちならではの連携だ。


 恵まれてるとは思ってる。どんな時でも変わらない、頼りになる仲間たち。

 だからこそ……すべてを投げ出しちまいたくなる時がある。


 ここに居ない連中。顔も名前もハッキリ思い出せる。

 あいつらが今の俺たちを見たら、どう思うだろう?

 恨むだろうか?それとも嘲笑うかもしれない。

 そこまでして生きたいかって言って。


 ――――わかるのは一つ。神は幻想、俺たちが許される日は来ない。


「どうしたんだいリーダー。辛気臭くて鼻が詰まりそうだ」

「すまん。ちょっと……思い出してた」


 声をかけてきた優男――――演出担当が、やたらと親しげに肩を組んでくる。

 反省。気を使わせちまったようだ。


「わかるよ、ボクも懐かしくなる。もっと賑やかだったろうに」

「そいつは困るな。これ以上うるさかったら、キレるぞ俺」


 ふきだす演出担当。気のせいかもしれないが、こっちを見つめる顔が近い。


「ボクは知っているよ。リーダーの、愛の深さ」

「おいおい」

「だからそろそろ、受け止めてくれないかい?ボクのこと」


 危険水域。

 俺が反射的に腕を払うと、彼はやれやれといった調子で頭を振った。


「カット。ダメだよリーダー。もっと気持ちを込めて。見たいのは魂の叫びさ」

「全身全霊でお断りだ。ってか、どっから引っ張ってきた?そのキャラ」


 なんだ。

 いやまあ、本気だったら困ってた所だ。未知の扉が開いちまう。


 生来の演技者であるコイツは、アドリブで芝居を作るクセがある。唐突に役を作り出し、入り込む。

 天才的だと思うし、根はいいヤツなんだが……この悪癖が巻き起こすトラブルは枚挙にいとまがない。

 芝居にダマされた野郎が殴り込んできたりして、後始末に走り回った記憶がある。


「アドリブはいいから、演出がんばれよ」

「完璧さ。ボクの才能にひれ伏すがいい」

「言ったな?じゃあ質問だ。ペガサスの退場シーン、どう見せる?」

 

 俺は実際、悩んでる。

 

 登場シーンは簡単だ。模型を布で隠しておくとか、いろいろ仕込みができる。

 しかし退場方法が思いつかない。月明かりの中、どうやって観客に怪しまれずに模型を回収するか?


 それに、求められてるのはド派手なショー。いくらペガサスが神話の生き物って言っても、ちょこんと屋根に乗っかってるだけでは地味すぎる。見物客の落胆は、教会への不信に繋がりかねない。それはマズい。


「花火さ」


 お、ちゃんと考えてたようだ。


「たしかに花火が上がれば、観客はそっちを見るよな。その間に模型を片付けるか」

「甘いよリーダー。ペガサスが去っていく演出も花火で表現できる」

「続けてくれ」

「模型を飛ばそう。高くまで打ち上げて、ドーン」

「上空で爆破すると」

「そう……自らを焼き尽くし、うたかたの夢を振りまく。まるでボクたちのようだね」

「えっと、アドリブの続きか?」


 悪いクセの再発を疑う。


「違うさリーダー。大真面目だよ」

「安心したぜ。その演出なら、なんとかなりそうだしな」


 幕引きは決定した。派手さは花火の数で勝負。俺たちの技術力の見せ所だ。


「聞いてたかデザイン担当?花火を作るぞ」

「ええで。どんなんにする?」


 火薬担当も交えて花火のアイデアを練っていると、瓶底メガネがやってきた。

 本から養分を摂ってそうな本の虫。その知識を活かしてコイツが設計した物は、優に百を超える。


「図面できやした。チェックお願いしやす」

「仕様変更だ。花火で打ち上げることになった。可燃性の素材で頼む」


 図面をロクに見ずに突き返した結果、崩れ落ちる設計担当。


 ゴメン、悪いとは思ってる。

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燃えるペガサス 咲野ひさと @sakihisa

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