古い扇風機の調べ - プラカノン運河物語

中村卍天水

古い扇風機の調べ - プラカノン運河物語

プロローグ:運河のメロディー


夜のプラカノン運河は不気味だった。月明かりがかろうじて水面を照らす中、古い黄色い扇風機が水面に浮かんでいた。錆びついた羽根が風に揺られるたび、かすかな軋み音を奏でていた。住民たちは「プラカノンの女」の伝説を語り、夜には近づかないようにしていた。その運河を舞台に、姉妹の運命は静かに狂い始めていた。


第一章:幼き日の姉妹


フンとレックは対照的な性格の姉妹だった。姉のフンは明るく社交的で、どんな時も笑顔を絶やさなかった。一方、妹のレックは内向的で、物静かな少女だった。タイの郊外にある小さな家で暮らす彼女たちの幼少時代は、何もかもが不思議に満ちていた。


運河には古い黄色い扇風機が浮かんでいた。誰が捨てたのか、いつからそこにあるのか、誰も知らなかった。村の大人たちは、「あの扇風機の音は死者の魂の声だ」と子どもたちに話し、決して近づかないよう言い聞かせた。


「大丈夫よ、レック。ただの古い扇風機じゃない。」


フンは自信たっぷりに笑いながら言った。扇風機の羽根が風に揺られ、ギィ...ギィ...という音を立てると、レックは姉の腕にしがみついた。


ある日、二人は村祭りで伝説を聞くことになる。


「プラカノンの女は、あの黄色い扇風機の持ち主だったんだよ」と、村の年老いた語り部が始めた。「不幸な結婚生活に耐えかねた彼女は、最愛の扇風機と共に運河に身を投げた。今でも、彼女の魂があの扇風機を通して歌っているんだ。」



第二章:再会の夜


時は流れ、フンとレックはそれぞれ別々の道を歩んでいた。フンはその明るい性格とカリスマ性を活かし、人気アーティストとして成功を収めていた。一方のレックは人目を避けるようにひっそりと暮らし、姉との接点を失っていた。


ある日、フンが主演を務めた映画の公開記念パーティーが豪華なコンドミニアムで開かれることになった。華やかなライトが会場を照らし、有名人やファンが集まり熱気に包まれていた。その中に、一人場違いな存在があった。レックだった。


「どうしてここに…?」


フンは遠くから自分を見つめる妹の姿に気付いたが、すぐに会場の人混みに紛れてしまい、その場では声を掛けることができなかった。


レックは会場の隅にひっそりと立ち尽くしながら、遠くで笑顔を振りまくフンを見ていた。幼い頃から姉に憧れていたレックだったが、その手には古ぼけた黄色い扇風機の写真が握られていた。それは運河に浮かぶあの扇風機と、まったく同じものだった。


第三章:夢の予兆


フンはその日の夜、不思議な夢を見た。暗い運河のほとりで、子どもの頃のレックがひとり立っていた。黄色い扇風機が水面に浮かび、羽根がゆっくりと回っている。


「レック?どうしてここにいるの?」


声を掛けると、レックがゆっくり振り返った。しかし、その顔は無表情で、生気がないように見えた。彼女の手には、写真と同じ扇風機が握られていた。


突然、扇風機の羽根が激しく回り始め、轟音を立てた。水面から無数の手が現れ、レックの足を掴んだ。レックは驚いてもがいたが、次第に暗い水の中へ引きずり込まれていく。


「待って!レック!」


フンは必死に手を伸ばしたが、間に合わなかった。妹は闇に飲まれ、扇風機の軋む音だけが運河に響いた。


その瞬間、フンは自分が浴槽の中で目を覚ました。夢だったのだ。しかし、どこからともなく、かすかな扇風機の音が聞こえてきた。


第四章:悲劇の連鎖


数日後、フンは衝撃的なニュースを聞いた。レックがプラカノン運河で水死体となって発見されたというのだ。彼女の手には、古い黄色い扇風機が握られていた。


現場の状況は不自然だった。運河のほとりには足跡がいくつも残されており、まるで複数の人間が争ったようだった。しかし、目撃者はおらず、ただ水面に浮かぶ扇風機の軋む音だけが、夜の闇に響いていた。


フンは妹の死を受け入れることができず、彼女が何を言いたかったのか、なぜあの扇風機を持っていたのかを考え続けた。調べていくうちに、あの扇風機は母の形見だったことを知る。母は若くして運河で命を落としており、その真相は謎に包まれていた。


そんなある夜、フンはまたも夢を見た。同じ運河のほとりに立つレック。しかし今度は、彼女の背後に母の姿があった。母は黄色い扇風機を抱き、悲しそうな表情を浮かべていた。


フンは母とレックに向かって走り出した。その瞬間、バスタブの中から古い扇風機の軋む音が聞こえ、無数の手が彼女を引きずり込んだのだった。


エピローグ:扇風機のレクイエム


翌朝、フンもまた浴槽の中で亡くなっているのが発見された。その状況は妹の死と酷似しており、事件は世間を騒がせた。


プラカノン運河では、今も古い黄色い扇風機が浮かんでいる。月明かりに照らされた錆びた羽根が、ゆっくりと回りながら奏でる音は、まるで母と姉妹の魂の調べのようだった。ギィ...ギィ...という音は、夜の闇の中で永遠に響き続けている。


時折、運河のほとりを通りかかる人々は、三人の女性が扇風機の周りで手を取り合って踊る姿を目撃することがある。しかし、近づこうとすると、ただ風に揺られる扇風機の音だけが残されるのだった...。


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