第6話:事件解決編②
まさかテレビでよく聞く台詞を、こんな場所で言うとは思わなかった。飛行中に急病人に出会したフライトアテンダントさんは、きっとこんなドキドキとした気持ちで医者を探すのだろうかと考えながら周囲を見渡す。
するとまた、エイドルースと目が合った。
「私は医者ではないが、学生の時に医学も履修していた。医学的観点からの意見が必要なら協力しよう」
嘘だろ、なんだよそのトンデモ設定は。前世の世界でも医師資格と弁護士資格の二つを取得した意味不明な天才がテレビにでていたが、ここにもミラクルがいたのか。いや、それより漫画じゃそんなこと一言も語っていなかったし、医療知識をひけらかすシーンだってなかったはずだ。
隠し設定でもあったのか。だったとしてもパーフェクトヒューマンすぎて、ちょっと引いた。
ただそれでも悲しいかな、裁判長の言葉なら説得力も増すし、街の人も信じる。できれば関わりは持ちたくないが、今はこの男の知名度を使わせてもらおうと、リルゼムは目だけ笑っていない作り笑顔を浮かべた。
「……ではエイドルース裁判長、お願いします」
「ここは法廷外だ。気軽にエイドルースと呼んでくれていい」
いや、呼べるか。こちとら一介の職員だぞ。
リルゼムは頭の中で突っ込みながら華麗に無視してやる。
「では早速お聞きします。生きている人間の身体を刃物で刺そうとした場合、どれぐらいの力が必要ですか?」
「そうだな……場所にもよるが成人男性の場合は筋肉もあるから、ある程度の勢いがなければ深くまで刺すのは難しいだろう」
「女性の腕力ではいかがでしょう?」
「思いきり振り上げてから刺したり、刃物を持ったまま走り込んでくれば不可能ではない」
エイドルースは細腕の女性だから無理だなどと断言はせず、メリルにも十分犯行が可能であるとあくまで中立的立場からの見解を述べた。それを聞いた街の人たちの顔が、一気に険しいものに変わる。どういうことだ、やっぱりメリルが犯人なんじゃないのか、との囁きもそこかしこから聞こえてきた。
ワルドの友人も同様だった。男はエイドルースに詰め寄る勢いで問い尋ねる。
「じゃあやっぱりこいつがワルドを殺したってことか?」
「私は可能か否かの見解を述べただけ。詳しいことは彼に聞いてくれるかな」
爽やかな笑顔を浮かべながらエイドルースはリルゼムに視線を寄越す。するとなぜか後ろにいた群衆の女性たちから「かっこいいー!」「今、私に笑いかけてくれたわ!」「何言ってるの、私によ!」と、なんとも場に不相応な黄色い声が上がった。
こんな状況で悩殺スマイルなんてするなよ。場の空気がおかしくなるだろ。
冷たく睨んでやると、エイドルースはおやおやと双肩を竦ませて困ったような表情を見せてきた。
「確かに医学的観点から見ればメリルさんでも十分に犯行は可能です。だったらここで『もし様々な偶然が重なって、メリルさんがワルドさんからの抵抗を受けることなく何度も襲えた場合』の犯行状況を考えてみてください」
リルゼムは凶器に見立てた紙の棒を手に持って、何度か人を刺すフリを繰り返しながら説明する。
「人を刺せば当然血が出ます。それを何度も繰り返せば身体中に返り血を浴びるでしょうし、凶器やそれを握っている手も大量の血でベタベタになるはずです。その状態で勢いよく凶器を相手に差し込めば……」
ゆっくりと親友の男に近づき、腹部に紙の棒を突き刺すと同時に握っていた手を奥にスライドさせる。
その手は勢いのままに男の腹部に触れた。
「血で濡れた手は凶器の柄の上で滑り、刃の顎の部分に思いきり当たる。つまり、刺したほうも親指と人さし指の間にある第一指間腔に怪我を負うことになるんです」
大の男を絶命させるまで、十カ所以上も連続して刺したとなれば犯人の手にも相当深い傷ができているはずだ。そう語った後にリルゼムはメリルの元へ行き、手を見せて下さいと頼む。
言われたまま両手を上げてくれたメリルさんの手は、傷一つない綺麗な手をしていた。
「……これが、オレがメリルさんが犯人ではないと思った理由です」
いかがですか、と問いかけるように群衆に視線を向けると、皆が呆然とした顔を浮かべていた。
皆、人を刺したら自分も怪我を負うだなんて、予想もつかなかったようだ。
が、その中で一人だけ拍手をする人間が現れた。
エイドルースだった。
「確かに合理的な理由だな。彼女には被害者と口論していたという話があったが、もし口論から発展した突発的な犯行となればそれは衝動的なものになる。だとすると彼のいうように犯行時に怪我を負う可能性が高い」
過去に扱ってきた多くの刺殺事件でも、ほとんどの犯人の手に凶器のもらい傷があったと、リルゼムの見解の信憑性をさらに高めるための補足説明をエイドルースが追加してくれる。と、たちまち法廷の中庭の空気はメリル擁護の空気になった。
さすが裁判長様のお墨付き効果は抜群だ。
「では彼女を容疑者から外すとして、君は誰が真犯人だと思う?」
再びリルゼムのほうを向いたエイドルースが聞いてくる。
「それは分かりません。オレはあくまでメリルさんが犯人ではないと思った理由を語っただけですから。けど、強いていうなら、さっき言ったように利き手に新しい刃物傷がある人間の聴取はしっかりしたほうがいいんじゃないでしょうか……たとえば、この人みたいな」
言いながらリルゼムが指を差したのは、メリルをこの場へと連れてきたワルドの友人の男だった。
男はリルゼムの突然の指摘に仰天すると、あからさまに慌てふためきはじめた。
──あーあ、これじゃ自分が犯人ですって自白してるようなもんじゃん。
絵に描いたような狼狽っぷりに、思わず吹き出しそうになってしまった。
「その右掌の包帯の下、負ったばかりの切り傷ですよね? 包帯に血が滲んでます」
「いや、これはっ……その……」
「オレからは以上です。では」
失礼しますと頭を下げるやいなや、リルゼムは脱兎のごとくその場から早足で逃げ出した。
背後では驚きと困惑が混ざった声が上がり、続けて友人の男を捕縛するよう命ずるエイドルースの声が聞こえた。
──あとはあっちでなんとかしてくれるだろう。
正直、これ以上目立ちたくないので犯人逮捕は花形の部署に任せて、書類仕事に戻らせてもらうことにしよう。そう決めてリルゼムは静かに立ち去った。
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ダークヒーロー側近の巧みなる生存戦略 神雛ジュン@元かびなん @kabina
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