第5話:事件解決編①



「あの、今、説明しますから、一度離れていただけますか? えっと……」

「……メリルです」

「メリルさん。大丈夫ですから、落ち着いて下さい」


 肩をポンポンと柔らかく撫でて立つように促す。するとメリルは不安げに瞳を揺らしながらもリルゼムの足から離れ、立ち上がった。

 ようやく自由になったところでリルゼムは、何度か深呼吸をして今にも爆発しそうな心拍を落ち着かせる。とりあえず今、観衆に見つめられているという事実は頭から追い出そう。でないと動揺してどうにかなりそうだ。


「ここにワルドさんの関係者は全員いますか?」


 メリルを連れてきた男に向き合い尋ねる。


「んあぁ? それならほとんど来てると思うが……おい、皆、出てきてくれ」


 男が呼びかけると、五十人ほど集まった群衆の中から七人の男が前に出てきた。

 青年が二人に、老人が五人。男曰く、青年二人はそれぞれパン屋と居酒屋の店主で、老人たちはワルドが何かと世話を焼いていた近所の茶飲み友だちだそうだ。

 


「貴方を含めて八人……これで全員ですか?」

「まだいるにはいるが、特に親しくしてたのは俺らだけだ」

「分かりました。ではワルドさんの事件をおさらいしますが、ワルドさんは先日、刃物によって複数回刺され亡くなった。凶器は……」


 誰か事件の資料を持っていないだろうかと、職員が集まっている場所に視線を向ける。しかし目が合った職員が詳細を語ろうと口を開いた瞬間に、違う場所から涼しげな声が届いた。


「刃渡り二十センチ弱の包丁だ。凶器は現場に落ちていたので法院が証拠品として保管している」


 声はエイドルースのものだった。

 いや、まだそこにいたのか。王国法廷の裁判長のくせに野次馬に混ざって騒動を見物してるなんて、仕事は暇なのかと疑いたくなる。けれど今そんな嫌味をぶつけるわけにもいかないし、そもそも必要以上に関わりたくもないので、チラッとエイドルースを見ただけですぐにメリルたちのほうを向いてやった。


「では……まず、そこの貴方、検証に協力してもらえますか?」


 リルゼムはワルドの友人らとは別の、街人の男を一人選んで協力を頼み、同時に近くにいた職員が持っていた書類用の紙を一枚貸してもらう。

 その紙をくるくると丸めて、協力を依頼した男性に手渡した。


「あの、僕は何を?」


 選ばれた男性は、とりあえずはモブ男君と名付けよう。モブ男君がおどおどろした顔で聞いてきた。


「今、渡した丸めた紙を包丁だと思って下さい。では、もし貴方がオレを殺そうとした時、どこをどう刺しますか?」

「えっ……ええっ? 人を殺すなんて……」

「大丈夫、フリですから」

「は、はぁ……」


 モブ男君は困惑した表情のまま丸めた紙を右手に持ち、ゆっくりと棒状になった紙の先をリルゼムの胸の中央につけた。

 うん、想像どおりの場所を狙ってくれてありがとう。助かったよと、リルゼムは心の中で礼をいう。


「次に、オレがもし後ろを向いていたとしたらどこを刺しますか?」


 モブ男君に背中を向け、もう一度刺す真似をしてくれと頼む。そうすると次は肩甲骨の間辺りに紙の棒を刺してきた。

 よしよし、こっちも思ったとおりだ。


「協力ありがとうございます、もう大丈夫です」


 モブ男君に礼を言って帰ってもらってからリルゼムは再び観衆の方を向く。皆は不思議そうな顔をしながらも、異論はないといった顔をしていた。


「今、見てのとおり、普通の人間なら誰かを殺そうと考えた時、真っ先に思いつくのが心臓です。心臓を刃物で貫いてしまえば、即死は間違いないですから」



 令和の時代ですら心臓一刺しの救命率は低いのだから、この世界の医療技術ではいくら近くに医者がいたとしても助かる確率はほぼゼロだ。



「ですが人間の胸部には胸骨や肋骨、背後にも背骨や肩甲骨など多くの骨があります。なので心臓を狙ったとしても、それらの骨が邪魔して刃先は届かない」

「そうなのか? でも骨ばっかりってことはないんだから、骨と骨の間に刃物を刺せば、致命傷負わせることはできるんだろ?」


 リルゼムの説明にワルドの友人が首を傾げると、同じように他の男たちもうんうんと頷いた。

 確かにそうだ。そうなのだが。



「可能ですが、一撃でそんなことができるのは特殊な訓練を受けた軍兵や余程の強運の持ち主、あとはいるかどうかは分かりませんが人殺しが好きな狂人ぐらいです。でも、ここにいるワルドさんのご友人たちは皆、普通の商売人やご老人。だったら一撃で絶命させるなんてはほぼ無理です。その証拠に、ワルドさんは何度も刺されるでしょう?」


 それは犯人が殺しの素人で、繰り返し刺さなければ殺すことができなかったから。そう説明すると衆人たちはなるほど、と神妙な様子で各々納得の表情を浮かべた。が、友人の男だけはなかなか納得しない。


「ワルドが何度も刺されたのは、犯人がワルドを殺した時に怒り狂ってたからとかじゃないのか? 訓練を受けてない普通の人間だって、怒りに囚われたら何するか分かんねぇだろ?」

「確かにそうかもしれませんが、今は『複数回刺された』という事実に焦点をあてているので、事件当時の犯人の感情はちょっと置いておきます」

「はぁ……意味分かんねぇが、まぁいい。で? 今の説明がなんだってんだ。この女が犯人じゃない理由にはならねぇよな。この女だって何度も刺せば、人を殺せる」

「ポイントの一つはそこです。考えてみて下さい。もし貴方が誰かに刺されたとして、それが致命傷にならなかった場合、どうしますか?」

「どうしますかって……」


 素っ頓狂な問いを向けられ、ワルドの友人が戸惑いを浮かべる。


「普通なら抵抗しません? 刺されて痛いし、また刺されるんじゃないかって怖いし。ワルドさんだって何度もナイフを向けられたわけだから相当抵抗したはずです」


 おそらくワルドの遺体の手や腕には、抵抗した時にできただろう防御創がいくつもあるはずだ。実際の死体は見ていないが、複数の刺し傷があったという点からそこまでは容易に想像ができる。


「ご友人の貴方とメリルさんから推測して、ワルドさんは三十代前半ぐらいだったかと思います。その年齢だと若者とまでは言いがたいですが体力の衰えはなさそうですし、鍛冶屋を営んでいるそうなので一般男性より筋力もある。そんな男性が本気で抵抗すれば細身のメリルさんなんてすぐに抑え込まれてしまって、二度目の襲撃など到底無理ではないでしょうか?」


 もしメリルがうまく抵抗を躱したとしても、怪我を負って警戒した男に再度襲いかかるなんて不可能に近い。さらに百歩譲ってもしできたとしても、彼女自身それなりの反撃を受けていたはずだ。

 けれどパッと見た感じ、彼女に怪我を負った様子はなかった。


「それは……あの女が家族だから」

「いくら家族でも命を奪われるまで無抵抗でいますか? 刃物で刺されるって大の大人でも叫ぶぐらいの激痛なんですよ?」



 昔、料理中に包丁で指を切った時はかなり痛かったうえ、血を見た途端に絶叫してしまって妹に「うるさい」と怒られたことがあるのでよくわかる。その時に知ったが男は女よりずっと血にも痛みにも弱いそうだ。いくら漫画の世界だからって、そこは変わらないだろう。



「それと、加えてもう一つ、メリルさんが絶対に犯人じゃない証拠があるんです」

「は? まだあるのか?」

「はい。どちらかというとこっちのほうが重要なんですが……あの、この中にお医者さんはいらっしゃいますか?」


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