《デセオ》の日常

かず

第1話 魔法を授ける海

 想いが強ければ魔法を授ける神が棲まう海 ——《デセオ》では、昔から人間と海の生物はお互いを尊重し、時には助け合いながら生活をしていました。そんなデセオに暮らすメンダコのフラァは、今日も夜な夜な棚に並べたコレクションを眺めていました。

自分で拾ってきた物や友達のクヴァレが見つけてくれた物。形や色、大きさもさまざまなボトルや木の実は、近づけばそれぞれ良い香りがするものばかり。彼女は、そのコレクションの一つにそっと近づき香りを楽しむのが毎晩の日課になっている。

「これは、レモンって地上の植物の果実よね。いつか実物を見てみたいわ〜」

この爽やかな香りで人間は気持ちがリフレッシュするのだという。

普段、彼女が住む深海には存在しない香りに彼女の心は踊る。

 別にここの暮らしに何の不便はない。他のタコの様に泳ぎが得意でも擬態が上手とも言えないフラァにとっては、この光も届かない海底のちょっとした窪みに石や珊瑚の死骸を使ってコレクションを飾れる棚を作り、そこを住処にしたのはもう何年も前の事で今でもコレクションが増えると棚を増築するなど、楽しいことばかりなのだ。

 しかし、時よりこの海に棲まう神が自分の想いを聞き届けてくれないだろうかと思ってしまう。

その想いが以前より大きくなったのは、彼女の友達。ミズクラゲのクヴァレがきっかけだった。クヴァレは、以前から海上まで浮上し人間の暮らしを眺めるのが好きだった。

『私、神から魔法をいただけたら、こっそり人間の暮らしを覗きに行こうと思うの』

と言うのが彼女の口癖だった。そんな彼女が、魔法を授かったのは数ヶ月前の事。

夢で真っ白な砂浜を歩いている人間が居たのだという。深いダークブルーのグラデーションがかかった長い髪は波の様に揺らめき、砂浜と同じくらい真っ白な服を身に纏ったその人間は自分の事を見つけてその手で彼女の体を掬い上げ、口付けをして

《間違った使い方をしてはダメだよ》

と男性とも女性ともとれる中性的な声で囁いたかと思うと目の前が真っ白になり、気づけばいつも住処にしている場所だったという。最初何が起こったか分からなかったクヴァレも、昨日までは感じなかった力を身体で感じ、ものは試しにと

『人間になってみたい』

と祈ってみると、今まで海面から覗いていた時に見ていた人間の姿になっていたのだという。それから、その姿で見聞きした人間の暮らしをフラァへのお土産話として持ち帰り、楽しい暮らしを満喫していた。

 人間は、器用で何でもあっという間に作ってしまう事や日によって異なる良い香りがしたり、食べ物にも工夫を凝らしている。などなど、クヴァレの話は砂地が広がる深海に住むフラァにとって楽しいものばかりで、その中で一番興味が惹かれたのは良い香りがするボトルの話だった。

 人間は気分なので、香りを変えるのだという。いろいろな香りがするボトルを置いている店や香りの素の植物が山のようにあると教えてもらってから、気になって仕方がないのだ。彼女が人間の街へ遊びに行くと聞けば、お土産に良い香りがするものをお願いしたり。自らも集めてみたりなどした。そうしているうちにコレクションは増え、気づけば今のように住処に棚を設置するほどになってしまっていた。


「私もクヴァレみたいに魔法が使えたらな……そしたら、良い香りのモノをもっと楽しめるのに」


といつもと同じ。夢に想いを馳せながらフラァは眠りにつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

《デセオ》の日常 かず @cuzki_17

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ