ナポリっ子だってねぇ? ピザ食いねえ!

藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミカライズ進行中

旅ゆけば カンパーニャの国にエスプレッソの香り

 ナポリは港の町だ。


 海岸からすぐに深くなるからだろうか。海辺に来ても、不思議と磯の香りがしない。

 それでもナポリは漁業の町でもある。


 港町の宿命か、人々の気風はせっかちで、明るい。地元を愛し、地元の文化に強い誇りを持っている。


「江戸っ子だってねえ?」

「神田の生まれよォ」

「そうかい、そうかい。すし、食いねえ」


 清水次郎長伝に描かれる江戸っ子の姿に、ナポリっ子の姿が重なる。


「ナポリっ子だってねえ?」

「スペイン地区生まれよォ」

「そうかい、そうかい。ピザ、食いねえ」


 パスタとピザはナポリっ子のソウルフードだ。


 マルコポーロが中国から「麺」文化を持ち帰った。ヨーロッパで最初に根付いたのがナポリだったのだ。


 ナポリの歴史は古く、複雑だ。地面を掘れば遺跡が出てくると言われている。

 現に市内の地下鉄工事は遺跡保護のために遅々として進まない。


 古くはギリシャの植民地があった。ナポリとは「ネオ・ポリス」の変化した名称であり、ギリシャにとっての「新しい都市」だったのだ。

 そのせいか、イタリア人はギリシャ人同様、生魚を食べ、生のタコも食う。ヨーロッパでは珍しいことだろう。


 その後、スペイン(西ローマ帝国)の支配下だったこともある。スペイン地区とはその頃の名残をとどめる、古い町だ。


 都市部人口は300万人と言われるが、町の印象は「地方の歴史文化都市」という感じで、それ程の人口がいるようには見えない。

 大きな建物や文化施設が目立たないせいもあるだろう。


 港の桟橋には乗客4千人クラスの豪華客船がひっきりなしに入港する、一大観光都市である。港近くには高級ホテルが軒を連ねる。

 どこのレストランに入ってもほとんどはずれがない程、食事は旨い。


 その中にあって、ピザは圧倒的に地元民の食べ物だ。


 もちろん観光客もピザを食べるが、有名店、高級店が中心である。路地裏のピッツェリアまで進出するのは、余程の物好きか、怖いもの知らずだ。


 何しろナポリは「カモッラ」と呼ばれるマフィアの本場であり、お世辞にも治安はよろしくない。観光客が気楽に街ブラできるような場所ではないのだ。

 しかも、町の中心地、繁華街のすぐ隣に犯罪多発地帯があるという油断ならない町である。


 町の西には港を一望できる小高い丘があり、その上は「ボメロ地区」と呼ばれる高級住宅街だ。

 ロサンゼルスで言えば、ビバリーヒルズとか、ベルエアに相当する「山の手」である。


 東に向かって丘を下りれば庶民の町が広がる。先に述べたスペイン地区などがこれに含まれる。

 さらに東に進み、ナポリ中央駅を超えると中国人街があり、突然スラム街が現れる。


 ナポリとは、光と影に彩られた印影の濃い町なのだ。


 イタリア語で「食堂」、「飯屋」を指す言葉は、「リストランテ」、「トラットリア」、「オステリア」などいろいろある。「ピッツェリア」もその1つだ。


 だが、ピッツェリアには他の食堂にはない大きな特徴がある。

 それはメニューにピザしかない、ということだ。


「寿司屋に来て蕎麦を頼む莫迦があるもんけェ」


 江戸っ子ならそう言うところだろう。ナポリにおけるピッツェリアもしかりである。


 店によっては、「マルゲリータ」と「マリナーラ」の2種類しか出さない店もある。


「天ぷら蕎麦だぁ? んなまだるっこしいもんが食えるかよ! 江戸っ子は『かけ』しか食わねェんだよ!」


 江戸っ子が啖呵を切る声が聞こえてくる。


 つい数年前ならマルゲリータ1枚を千円前後で食べられた。正しく庶民の味だ。

 大ぶりのそれを1人1枚ぺろりと平らげる。お上品なご婦人でも、ものの2、3分で腹に納めてしまう。


「いつまで口ん中でくちゃくちゃやってやがるんでぇ。そのうち糞んなっちまうぜ!」


 江戸っ子はせっかちで口が悪い。ナポリ人にも同じことを言われるのだろうか?


 ピザと一緒に飲むものと言えば、ビールだ。ワインではない。

 イタリア人はもちろんワイン好きで、ナポリにもおいしい地ワインがある。


 ナポリっ子に直接勧められた銘柄は「グレコ・ディ・トゥーフォ」と「ラクリマ・クリスティ」の2つだ。

 どちらも気取らず、飲みやすいワインで、値段も手ごろだ。


 おっと、ビールの話だった。イタリアでビールと言えば、「モレッティ」か「ペローニ」だ。

 モレッティは髭を生やしたおやじのイラストが親しみやすい銘柄だ。適度な苦みがあり、日本人にとって馴染みやすい味である。


 ペローニはアサヒが買収したことで日本でもニュースになった。モレッティよりはすっきりした飲み口だと思うが、こちらも飲みやすい。個人の好みによるところだろう。


 大瓶しか置いていない店もあり、そいつを1人で飲み切りながら、ピザを平らげる。


「いい飲みっぷりだねえ」

「スペイン地区の生まれよォ!」


 ナポリのピザは、いや、「ピッツァ」は世界一だ。


(完)

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