晩ご飯の支度

月兎アリス@カクコンを頑張ろう💪

第1話

 ある日の夕方、私は久しぶりに実家へ帰省した。母は私の帰りを心から喜んでくれ、


「晩ご飯は何がいい?」


 と聞いてくれた。


「久しぶりにお母さんのカレーが食べたいな」


 と答えると、母は満面の笑みで「分かったわ」と言い、台所に向かった。


 実家の匂い、母の足音、そして鍋をかき混ぜる音――どれも懐かしくて、私はソファでうとうとし始めた。


 気が付くと、夕方だった空はすっかり夜になり、母が「ご飯ができたわよ」と呼びに来た。私はテーブルに座り、出されたカレーを一口食べた。変わらない味、優しい味――どこか涙が出そうになった。


「おいしいよ。お母さんのカレー、やっぱり最高だね」


 母は微笑みながら、「おかわりもあるからね」と鍋を見せた。そこには、まだたっぷりとカレーが残っていた。


 ふと、私は台所の隅に何かが落ちているのに気付いた。赤い染みがついた布切れ。変だなと思いながらも、何も言わずに食べ続けた。


 その夜、母は「泊まっていけば?」と言ったが、仕事があるからと断った。玄関先で母が手を振る中、私は実家を後にした。


 翌日、実家の近くで事件が起きたというニュースを見た。殺人事件。被害者は見知らぬ男だったが、犯行時刻は昨夜の夕方――私が実家に帰る直前だった。


 ふと、昨日の母の言葉を思い出す。「おかわりもあるからね」。

 もう一度、あの鍋に残ったカレーを思い出した。あれほどたっぷりのカレー、普通に考えたらあり得ない量だった。


 ――そして、台所の隅に落ちていた赤い布切れの正体を考えたとき、背筋が凍りついた。


 あのカレーに入っていたのは、母が「晩ご飯の支度」に使った材料。母は笑顔で、私を見てこう言ったんだ。

「久しぶりだから、奮発したのよ」

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