第6話

 縁日の日の昼過ぎ、一人の青年が人ごみを縫うようにして歩いていた。彼は神社の石段の前にまで来ると足を止める。


 一度、石段の上を見上げた青年はかたわらにある屋台の暖簾をくぐって言う。


「おじさん、りんご飴一つ」


「あいよ…… って、あれ? お前さん、毎年買ってくれてた?」


 店主の老人が驚いた表情で聞くと青年は「えぇ、覚えられてたんですね?」と少し恥ずかしそうに頭を掻いた。


「そりゃな。毎年買って嬉しそうに石段を登って行って、俺が片づけする頃に必ず落ち込んだ表情で、それもりんご飴を食べずに持って降りて来るんじゃ覚えてて当然だろ?」


 そんなふうに見られていたとは思わず、客観的に見ておかしな行動をしていた過去の自分が恥ずかしく「はははっ」とトシキは笑うしかなかった。


「はい、りんご飴。 でもそれも終わりかな。俺も今年で引退だよ」


 トシキはお金を払い、受け取りながら「えっ?! そうなんですか?」と驚いて問う。


「あぁ、もう歳だしな」


「そうですか…… 残念です」


「ありがとよ。 残念に思ってくれる客がいたってのは嬉しいもんだねぇ」


 ニコッと笑った店主にトシキは軽く会釈して屋台を後にし、石段を登り始める。


 登る間、トシキはりんご飴を見つめる。日の光が飴に反射し、キラキラとしてまるで宝石のようだった。


 石段を登り切り、トシキは社殿に向かうではなくベンチのほうへと歩を進める。と、そこには青いフリフリの服を着た、頭から角の生えた少女が座って待っていた。


「随分と待たされた」


 不満げな少女の横に「はははっ」と笑ってトシキは腰かける。


「それはこっちの台詞だよ。 久しぶりだね、リュウちゃん」


「うん、久しぶり」


「はい、これ。 りんご飴」


 トシキが差し出すりんご飴を受け取った少女はペロっと舐め、続いて飴の縁をガリっと齧ると「甘い……」と言って顔をほころばせた。


「ありがとう、リュウちゃん」


「ん? 何がだ?」


「高校卒業してからさ、県外の大学に行ったんだ。そのまま大学院も出て就職先も決まってね。 それで今度、結婚することになったんだよ」


 少女は首を傾げ「それで何でわたしに礼を?」と不思議そうに聞く。


「彼女と上手くいったのはリュウちゃんのおかげだよ」


「ふ~ん」


「その報告と、あと何かお礼が出来ないかなって実家に戻ってきたんだ」


「お礼?」


「そう、何かないかな? リュウちゃんが喜ぶこと」


 りんご飴をペロペロ舐めながら「う~ん……」と唸った少女は言う。


「参拝者が増えたら嬉しいかな。 力が溜まりやすくなってまた遊びに出掛けられる」


「あはははっ、そうか…… ん~、じゃあさ、SNSとかでこの神社のこと宣伝していい? 縁結びの神社だって。 付き合うきっかけになったエピソードを上げれば信憑性とかも出ると思うし」


「えすえぬえす? まぁ参拝者が増えるならいいや。勝手にやってくれ」


「あはははっ、分かったよ」


 ベンチから立ち上がったトシキは「じゃあ、そろそろ行くよリュウちゃん。 またお参りに来るよ」と言って歩き出す。少女もベンチからピョンと飛び降りてトシキの後をペロペロとりんご飴を舐めながらついて行く。


 石段のところまで来るとトシキは振り返り「またね」と笑ってから石段を下りていく。下りていくトシキを見送る少女の視線の先、トシキの進む先に一人の女性が立っていた。


 女性は石段を下るトシキを見上げ、その背後に少女の姿を見ると一瞬驚いた表情をしたのち少女に向かって姿勢を正す。


 ゆっくりと一礼した女性は顔を上げると少女に向かってニコッと笑い、下りてきたトシキに駆け寄り二人は腕を組む。


 二人は寄り添いながら町の中に消えていった。



―― 完 ――

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縁日のりんご飴【短編】【完結済み】 弥次郎衛門 @yajiroemon

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