第5話

 高校三年の夏。今年もまたトシキはりんご飴を手にベンチに腰かけていた。


 ジャリッと音がして彼の前に立つ影がある。トシキが見上げると浴衣姿の思いつめた表情のアオイが立っていた。


「どうしたの? アオイちゃん」


「どうしたじゃないよ…… もう、来ないよ。 もう止めなよ」


「別にいいじゃん。 誰に迷惑かけるわけでもないし、来なくてもただの俺の自己満足――」


 トシキの台詞を聞いたときアオイの感情が一気に噴き出した。


「よくないっ!! 迷惑かかってるのっ! わたしにぃっ!」


 突然叫び出したアオイにトシキはギョッとして言葉もなく彼女を見つめる。


「嫌だぁ!もう嫌だぁっ!! もう忘れてよぉ! お願いだから忘れてよぉっ!! お願いだから!わたしを見てよ! わたしと付き合ってよぉ!!」


 ボロボロと涙を流しながら叫び、持っていた巾着袋をボトッと落として「うわぁぁぁぁぁん!」と立ったまま泣き続けるアオイを呆然としながらトシキは見ていた。


「えっ?」


 ポカンとするトシキは次に、どうして?何で?何でそうなったの??と混乱する。


 周囲は一瞬だけ騒然となった。突然女の子が泣き叫んだのだからそうなるだろう。しかし周囲のざわつきの中、彼女が口にする内容を聞いて、あぁなるほどな、と興味を持って見守るようになる。


「青春だね~」

「か~わい~」

「なんて返事するんだろ?」


 と、周囲の囁きが聞こえると、ハッとしたトシキは勢いよくベンチから立ち上がる。慌てた彼の手からりんご飴が落ちて地に転がった。


 未だ泣き叫ぶアオイの手を取ったトシキは、アオイが落とした巾着袋に気が付くと慌てて拾い、グッと彼女の手を力強く引いてその場を駆け去って行った。




 その様子を含め、この十年のベンチの様子を社殿の中の竜神はずっと見守っていた。行ってやりたいのはやまやまだったのだが、未だに人の姿となるほどの力はない。あと数年か、そう思っていたところだった。


 ちょっと無理してでも来年、りんご飴を受け取る少しの時間くらいなら。


 頑張って来年には受け取りに行ってやろう。そう思って竜神は目を瞑った。




 翌年。例年通りの外の喧騒を聞き、竜神は再び薄目を開けた。真っ先に確認したのは境内にある二人掛けのベンチである。


 そこには、彼女が目を開けるたびに必ずいたトシキの姿はなかった。

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