第4話

「ねぇ、トシくん。 また今年も?」


「うるさいな。 アオイちゃんには関係ないだろ」


 りんご飴を手に、ムスッとしながらベンチに座る高校一年のトシキは言う。浴衣姿のアオイはベンチに座らずトシキの横に立っている。


 関係ないと言われて少しムッとしたアオイは「ねぇ、そろそろ誰を待ってるか教えてよ!」と不機嫌を隠さず常にない強い口調でトシキに問う。


「……分かったよ」


 トシキはポツポツと語りだす。幼い日、不思議な少女に会ったことを。


「また遊ぶ約束をしたから? りんご飴を返すために? えっ…… 神様?」


 話を聞いて、それは言い訳だなとアオイは感じた。ただトシキはその女の子に恋をしていたんだと。何年も忘れられないくらいの大きくて大切な恋をしたんだと。


 そう思うとアオイは悔しくなり、グッと拳を握るとポツっと呟くように言う。


「来ないよ、もう……」


「分かんないじゃん」


「何年?」


「ん?」


「何年待ってるの?」


「六歳の時に会って、七歳からだから九年? かな?」


「……そう」


 悲しくなったアオイは歩き出した。数歩行って振り返った彼女は無理やりに笑顔を作って「帰るね」と告げる。


「うん、じゃあまた明日。 夏休み明けのテストの――」


「あ、ごめん。明日から部活の合宿で。 っていうか本当は昨日からだったんだけど。ちょっと用事があるって、わたしは明日から合流」


「あ、そうだったんだ。 用事? 何かあった?」


「ううん、何でも。 トシくんには関係ないから……」


 ニコッと笑ったアオイに「そっか、じゃまた」と手を振るトシキ。アオイも手を振り、「また連絡するね」と歩き始めた。


 アオイはトボトボと石段を下りていき、時折グズッと鼻をすすり浴衣の袖で目元を拭いながら神社を後にして行った。







 翌年もトシキはりんご飴を手に二人掛けのベンチに座っていた。それを遠くからアオイが見つめている。


 この一年、アオイはずっと不安だった。今年もまたトシキはベンチに座っているだろう。そしてもし、その横に女の子が座っていたら?


 そう思うたび、アオイは胸が張り裂けそうだった。声に出してうめいたこともある。フッと突然頭をよぎり、周りを気にせずに叫び出したいほどのこともあった。流石にそれは自重したが。


 一人でベンチに座るトシキを見て、アオイはホッとする。それと同時に自分の醜さに嫌悪感を覚える。


 取られたくない!せっかく仲良くなれたのに。来ないで!お願いだから来ないで!


 勝てるわけがない。何年も何年も待ってる人になんて!


 身もだえするような思いで神社まで来て、トシキの横に誰も居ないと分かると、よかったぁ!と喜ぶ自分が酷く醜い人間に思えた。


 落ち込んだアオイは、トシキに声をかけることなくクルリときびすを返しその場を去って行った。

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