第3話

 それから毎年、トシキは縁日の日にりんご飴を手に二人掛けのベンチで待ち続けた。母親が縁日について来ることがなくなっても、自分のお小遣いでりんご飴を買って。


 小学校の六年間、そして中学に入ってからも、毎年欠かさずトシキはりんご飴を手に縁日が終わり人が居なくなるまで待ち続けた。


 時には友達に馬鹿にされることもあったし、「そんなことしてなくて遊びに行こうぜ」と誘われることもあった。だが頑なにトシキは縁日が終わるまでそこを動かなかった。




「ねぇ、何してるの? 去年もそこに居なかった?」


 中学二年の時である。ベンチに座るトシキの前に浴衣姿の女の子が立って問いかけてきた。視線を上げたトシキは彼女の顔を見ると「隣のクラスの笹山さん?」と確認するように女の子の苗字を呼んだ。


「うん。 で、何してるの?」


「何でもいいじゃん。 何で?」


「き、気になって……」


 そう言ったっきり、目の前で立ち続ける女の子の存在がちょっと邪魔だなと思うトシキは小さく溜息をつくと「人を待ってる」とややぶっきらぼうに答えた。


「人? もしかして彼女とか?」


 早くどこかに行って欲しかったのに、変なところに食いつかれてしまったとトシキは答えたことに後悔した。どうして女子ってこういう話が好きなんだろうと、呆れて溜息も漏れる。


「違うよ」


 突き放すような答え方をされた女の子は「ふ~ん」と気にしていない風を装い、トシキの隣に腰を下ろす。なんとなく、そこには座って欲しくないというトシキの気持ちが伝わって来て、一瞬女の子は腰を浮かしたが勇気を出して座った。トシキは何も言わなかったし、表情も変わってはいなかった。


「ねぇ、守口くん。 ちょっと相談にのってくれないかな?」


 早く用件を済ませてほしいトシキは「なに?」と話を促す。


「もうすぐ高校受験じゃん。 あ、守口くんはどこ志望?」


「う~ん、西高かな」


「に、西高か…… わ、わたしも一緒! でもあそこ、学力高くてわたしじゃとても……」


 慌てた様子でそう言う女の子を見て怪訝な表情をするトシキは「なんで?」と聞く。


「な、なんでって……」


「笹山さん、テニス上手いんだろ? あそこスポーツの強豪だし推薦狙えばいいんじゃない?」


 トシキの提案に、「あ、確かに!」と女の子は手を打つ。


「なんで西高に行きたくてそれが思い浮かばないんだよ」


 呆れた声で言われて女の子は顔を赤くする。ついさっき志望校が決まったとはとても言えなかった。そしてトシキの台詞を思い出し女の子はドキドキしながら問う。


「ね、ねぇ、何でテニスのこと? わ、わたしのこと知ってた?」


「だって有名じゃん。 夏休み前の朝礼のときにも表彰されてたし。地区大会準優勝だっけ?」


「あ、あぁ、うん、そうか。 そうそう」


 ガクリと肩を落とした女の子にトシキは「ねぇ、もういいかな?」と少し迷惑そうに言う。


「あ、ごめん! あと一つ! あと一つだけ!」


「……なに?」


「や、やっぱり学力に自信がなくて…… 推薦で落ちちゃうかもしれないじゃん。 で、これも何かの御縁ってことで…… 勉強教えてもらえないかな? 守口くん頭良いし」


「推薦大丈夫だと思うけど……? それに俺じゃなくて他の友達に――」


「いや、わたしの友達みんな脳筋女子ばっかで!」


 言った瞬間、酷い言いようだなと自覚した女の子に「酷い言いようだな」と笑いを押さえきれずに小さくクスっと笑ってトシキは返す。


「分かったよ。 じゃあ、また今度」


「あ、ありがとう! じゃあ連絡先!」


 と、わたわたしながら女の子はスマホを取り出しメッセージアプリの登録画面を出す。トシキもスマホを出し登録しながら「アオイ?」と画面に出た文字を読む。


「笹山アオイよ」


「俺は守口トシキ」


「うん、知ってる」


 機嫌よく立ち上がったアオイはくるりと振り返る。


「ねぇ、一緒に帰ろ――」


「ごめん、まだちょっとここに居るから」


 上がっていた気分が急降下したアオイは「そっか……」と言い、「じゃ、連絡するから。よろしくね」と笑顔を作ってその場を後にした。

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