青の光に導かれて

白神小雪

本文 青の光に導かれて

私は12月が嫌いだ。クリスマスの足音、年の瀬の足音、そんなものに飲み込まれ、置いていかれるような気がするから。

私は12月が好きだ。浮かれた街並み、人の必死さ、街の活気が、何も持っていない私をその一員と錯覚させてくれるから。

12月という季節は、人を盲目にさせる。クリスマスに向けた色恋沙汰、師走の忙しさ、そして、街の彩り。カメラのファインダーの中のように、メリハリのある季節それが12月だ。彼ら彼女らの目には、何が見えているのか、概ね予想がついても、きっと正確には分からない。

そんな景色を知ってみたい、解りたいと思いつつも、その一員ではないことを、毎年強く思い知らされる。きっと私は、ファインダーの中のボケの一部でもなく、フレームの外なのだ。


東京の冬はなんとも過ごしづらい。昼間の暑さに気を使えば、夜の寒さに叱られる。その逆も然りで、そんなことですら蚊帳の外に置かれているようで呆れが出る。

代々木公園の原宿駅側、銀杏並木の彩りと銀杏の匂いが混ざった昼暮れ、そんな街に私はいた。観光客で溢れたこの街が、一気に切り替わる、そんな光景をこの後目にする。


青の洞窟、代々木公園のけやき通りから、公園通りと神宮通りが交わるところまで、街に青色が灯る、そんなイベントだ。

厳密な話をすれば、代々木公園のけやき通りだけを青の洞窟と呼ぶのかもしれない。しかし、代々木公園から渋谷駅までの変わらない風景、人の雰囲気、それら全てを青の洞窟と呼んで良いと私は考える。17時の点灯開始の合図が、山手線一駅分の距離の街並みを一変させる。そんな魔法みたいな装置が、青の洞窟である。


青の洞窟のかける魔法は、もうひとつある。そんな瞬間をひと目見ようと、今年も多くの人々が押しかけていた。端的に言うと、もうひとつの魔法とは、時間を操る魔法だ。まだ日の入りも感じれない景色が、17時に突然、夜に変わる。時間の概念を忘れさせ、人々をこの世界に迷い込ませる。そんな魔法に、今年も多くの人々がかけられようとしていたのだ。

このクライマックスと言っても良い瞬間を見に、16時30分から人々が集まり出す。その手には、スマートフォンやカメラが構えられていた。その焦点の先には何があるのだろうか、どう変わっていくだろうか、解りたくても分からない。

青の洞窟の写真は、12月という季節の特徴をとてもよく表している。青の洞窟を普通のスマートフォンで写真を撮ると、写真は一面真っ青になってしまう。したがって、綺麗な写真を撮るには、焦点の先に、光の当たる主題が必要なのである。


青の洞窟は、レンズ越しよりも、肉眼に焼き付けた方が何倍も美しい。そんなことは、青の洞窟に通い慣れた人間なら、もはや常識だ。では、なぜ人々はこの風景を、ここまで必死にレンズに収めようとするのだろうか。

青の洞窟で写真を撮る理由は、いくつか存在すると思う。風景を思い出せるようにするため、思い出を忘れないようにするため、そして、誰かに自分を見てもらうため。そんな様々な理由が、彼ら彼女らレンズに青い光を通していくのだろう。

しかし、結局のところ、最後に挙げた理由に集約してしまうのが、人間という生き物なのかもしれない。ファインダーの先、どんなものに焦点が向けられていても、写真というものは、人に見られることで始まり、完結するものなのだ。


イルミネーションの光は、私達を何者かになりたくさせる魔力があるのかもしれない。写真に映る自分、写真を撮る自分、写真を見せる自分、それぞれが、誰かの心を少しでも動かせるかもしれない。そんなことを、誰もが内心、少し本気で思ってしまう。

ただ、結局のところ、人々は皆、12月という季節の向けたレンズの中に、収まっていたいだけなのかもしれない。イルミネーションに向けるレンズの必死さ、街並みを作る活気の必死さ、皆そんな12月の一員になっていたいだけなのだ。


イルミネーションは、灯る明かりと溢れる活気が作り上げるイベントだ。人々は、明かりに導かれ、そして、明かりへと変わっていく。私もそうだ。青い光に導かれ、その景色の一部へと変わっていく。12月は、誰も独りぼっちにはしてくれないのだ。

夜風が寒い、人肌が恋しい、独りぼっちだ。ずっとそう思っていた。12月は無情だ。ずっとそう考えていた。しかし、それは違った。12月は、誰も独りではなかった。仲間外れなど、どこにもいなかった。歪んだフィルターが、12月を嫌いにさせていたのだ。

そんなことに気づくのに、大分時間がかかってしまった。そんな思考に耽っている裏で、某アーティストが「クリスマスなんて無ければ」、なんて歌っている。クリスマス、いや、12月も悪くないかもしれない。嫌いじゃないかもしれない。そう思えたのだ。


青色に導かれた私の足は、青色を抜け、気づけば渋谷駅の改札へと向いていた。きっと、12月はすぐに過ぎていく。イルミネーションの季節もすぐに過ぎていく。次はどこに行こうか、そんなことを考えながら、私は改札を通った。

焦点はまだ定まらない、主題はまだ見つからない。今度は夜の光に導かれるまま、無計画に散歩してみるのも悪くないのかもしれない。

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