第6話 クジラの国で会いましょう

 すぐに私は武装した兵士たちに囲まれてしまった。でも、何かを恐れているのか一向に私を捕らえようとはしない。距離を取り、剣をこちらに向けているだけだ。


「いやいや、なんだか『悪魔』が出たと聴こえましてね。ここは専門の、教皇様直属の特級『対』精霊術の『』の私めにお任せを」


 兵士を割ってでてきたのは、あの神父さまだった。えきすぱーとというのがよく分からないけど、胸につけた見たことのない勲章のようなものを周りに見せびらかせながら前に出てきた。


『この男を信じるがよい』


 また、あの声だ。言われなくてもこの状況、神父さまを頼るしかない。


「おおっ、これはなんと! 皆さん、彼女は危険すぎます。下がりなさい! いや、もっとですよ! あの端の壁まで下がらねば命の保証はいたしかねます!」


 その言葉を聞いて、兵士たちは大きく後退する。周りにいた試験官も受験生たちも会場から逃げ出している。唖然あぜんとしながらそれを見ているしかない私。


「ふむ。これくらいの距離なら良いでしょうかね。それではセレスさん逃げますよ」


「あう?」


 いつの間にか私のかたわらに立っていた神父さまが私の耳元でささやく。そして手に持っていた玉状の何かを地面に叩きつけた。


「目は閉じてください。これ、かなり染みますから」


 言われるまま私は目をぎゅっと閉じる。すると私の身体がふわっと浮かぶ。神父さまに抱きかかえられたようだった。


「あの人に嫉妬しっとされないといいのですけど」


『余計なことを言うな! 似非神父えせしんぷ!』


 声の人は少し怒っているようだった。




「はい、もう目を開けても大丈夫ですよ」


 神父さまの声に、私は恐る恐る目を開いた。


「あう、あ!?」


 目の前には澄み切った真っ青な海と空が広がっていた。ここは海岸なの? でも、海は王都からはとても遠いはずなのに……。


「はあ……。大変な目に遭いましたね、セレスさん」


「ああう……」


「長い間、あなたに秘密にしていたことがあるのです」


 神父さまが真面目な顔でそう言う。


「あう?」


「実は、あなたには試験も学校も必要なくてですね……。その。もうすでにあなたは精霊騎士なのですよ。それもを従えた」


「……?」


「私はあなたの祖父、ティリダテス・ミズガルドとは古いつき合いでして、あなたのことを見守ることを約束していたのです。ちなみにあなたに聴こえているだろう声の主とは、それほど仲が良いわけではありません。どちらかと言えば大嫌いって感じです」 


『それは俺も同じだ』


 なんだろう、言葉とは裏腹うらはらにこの声の人から神父さまへの大きな信頼の感情が伝わってくる。


「ああ、船の準備ができたようですね」


 神父さまの向ける視線のほうを見ると、大きな帆船がゆっくりと岩陰から姿を現した。甲板でこちらに手を振っているのはあの三人のシスターたちだった。


「教会のほうはご心配なく。聖職者たちがもう赴任ふにんしましたので。セレスさん、急ではありますけどあなたはその声の主、海獣かいじゅうの大精霊『クジラ』の所に戻らねばなりません。ええ、あなたの元いたあの『暗黒大陸』へ私たちとともにあの船で向かうことになるのですよ」

 

「く、じ、ら……」


 その言葉と一緒に私の失われていた記憶が鮮明に蘇ってきた。そう、私の名前はセレスティア・ミズガルド。そして声の主は、私の初めてのお友達、クジラ。真名をリールと言い、私が契約した大精霊であった。



 了

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海獣の精霊騎士はくじけない ~短編版 クジラの国で会いましょう~ 卯月二一 @uduki21uduki

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