三. けんかと終着駅 [終]
私がほっと一息短時間でも腰かけようと思ったら、「もうっ、ねえうちに席空けてよ!」と少女の
ただてっきり優先席を譲らない若者と年齢を盾に
駅に着いてステンレスの扉が開くと、女性たちは一旦けんかをやめて電車を降りる。私も
すると、一番に降りた二十代と思われる紺色スーツの女性が年下の少女に言い放った。
「あのさ、悪いけどあんたの彼氏は法律上あたしの夫なんだわ。あんたと何しようとね」
わああ、そういうこと。女の子が平日の朝に制服を着ていないのはおいといて、私が最初に聞いた「うちに席空けて」は二人が奪い合う男性の〝隣〟だったのだ。
女の争いはその場で延々続く。こめかみに痛みを覚えた私はすぐに来てくれた電車に乗り込み、おや? また二人が乗ってくるではないか。どうして……そうだ、行き先。確か一本前の電車は残りあと数駅だったはず。妙にすいていた本当の理由がわかった。
そして、
①と突然、桜色のパーカを着た凪くんが隣の車両から現れた。私の蒼い腕時計をけんか中の大人の女性に投げつける、本来なら見とれるほどの彼がなぜ? 大切な腕時計は彼女の後頭部にごんっ、床に落ちて砕け散った。
けんかはまだ終わらない。
「ちょっとねえ、やめてよ!」
がまんできずに叫ぶ私に、当事者だけでなく車内の大勢が振り向いた。ひえっ、私は最初の一声だけで小動物みたいに縮こまり、電車は黙々と走り続ける。私の味方は誰もいない。けんか自体の影響もあって車内の空気が微妙なまま、電車は二駅先にたどり着くのだった。一駅目が記憶にない。
私はけんかの二人や他の乗客を押しのけ、人込みが流れるホームに飛び出した――と、不思議なことに駅で白銀の賽子が躍る。
電車の中じゃないのに、どうして? 出た目は【6】だった。
①ああいとしの凪くんは、夜空と月の時計はどこ? 私はもはや今にも限界を超えそうで、早く神様に、キューピッドに助けてほしかった。だが、あの蛍みたいな若草色の光が降る気配はない。ここまでおかしなことがいくつも起きて、きっと間違ってるんだ。涙がこみ上げてくる。
②どうしよう、最初に戻る? 最初とは「ふりだし」、神様と出会って今回の脳内双六を始めた地元の駅。どうせ帰りに通るけど……、
③そのとき、まるで私の涙が呼んだみたいに、目の前に純白の翼と銀の弓が際立つキューピッド神様が光を放って――いや、「キューピッド神様」って名前ではない。笑顔の神様は『よくがんばったな』と私をほめてくれた。
④私が「えっと、どういう……、こと?」と泣きべそで首をかしげると、神様は長い睫毛を伏せて『双六中に何度もやり直す機会を与えたが、君はだまされなかった』と言う。
⑤電車が去った小風のホームには、いつの間にかけんか女性二人も制服を着ていない凪くんも立っている。そういえば少女も
それからすっかり忘れていたが、今日は県民の日である。我が校は私立かつ校風が〝独りよがり〟で授業をするものの、普通の児童生徒は休みでテーマパークに押しかける。遅刻確定の私も休みになりそうだけど。
話を戻して、いくら賽子の目が示されようと、私は電車に乗ってないから先の
そして結局また私と同じ駅にいる少女が、けんか相手に「ねえ、椿先生はもう心を奪ったうちのものだから。たとえ今結婚してても、未来の契約は好きにできる」と言い張り、わざとらしくあくびをする。
「ふんっ、あたしは死んでも夫、
①涙の私にしか見えないふうわり浮かんだ神様は、『君が間違いがあっても引き返さなかったことで、恋を成就させられる』と話して消える――どどくんっ。つ、つまり、私が快速電車や腕時計投げなど、おかしいと思ってもそのまま来たのが正解だったというのだ。
②おっと、少女が
③「姉ちゃん、僕知ってるよ。椿先生は二人いる。姉ちゃんがつきあってるのは独身で地理の椿
あああ何という展開! まったく変なけんかに巻き込まれて、巻き込まれてなんかない? 私が勝手に聞いて心配してただけか。固まりかけた私は、とにかくこの双六は、賽子は電車旅は芹野凪くんとの恋のためにあったんだと、そちらだけを考えようとする。
でも神様は今、私のそばにいてくれない。どの雲にも見えない。もし神様、キューピッドにだまされたのだとしたら――、いやキューピッドの存在自体が妄想の可能性もある。どちらも私の恋は成就しないことに……。
えっ、うわっまた、また賽子が転がって、あれ?
提示されたのは立方体――正六面体のどこにあった面なのか、【?】である。うそだもう、これからどうすればいいんだよおぉ……と、気がついたら古びたベンチが冷たく、
①あっ、改行しちゃった――。
②しかしそう、私は賽子の目で段落を飛ばさないほうの澤地凜。すっかり自分で自分を混乱させかかっていたが、大丈夫、私は飛んでかない。脳内の双六の幕を広げてみれば終着駅の「あがり」で、私の恋は成就するのだ。
③私は立ち上がってホームの端まで歩いていき、蒼空に向かって大きく深呼吸した。線路はここで終わっている。双六は最後のほう、賽子がおかしかったぶんの升を進めてあるようだ。今何時だろうと見てみたら、蒼い文字盤に黄色い月がほほ笑む腕時計が私の左手首にある。凪くんは私の大切な腕時計を投げてなんかいなかった。
④それにしても、せっかくの県民の日をつぶして追ってきた彼はお姉さん思いみたいだから、
⑤とそこへ、コスプレしてもいないのに「かぐや様!」と声がかかる。うへえ凪くんの声だ覚えててくれたんだと心拍数爆上がりで振り返ると、琥珀色の髪と桜色のパーカで人込みを背にした彼が「今日は県民の日ですけど、部活がんばってるんですね」とはにかんでくれる。おかげで私はどきどき百万倍、とんでもない一歩を踏み出すのだった。
⑥「うんっ、きみと恋する部活をね!」
了
恋の快速運転はどっちにする? 海来 宙 @umikisora
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