第3話「キツネの神さまと冒険者パーティを結成する」

「こちらはきつね獣人じゅうじんのハツホさんです。冒険者として、俺の仕事を手伝ってもらいます。今日からうちに住みますので、よろしく」

「わかった。仕方ないな」


 父上はうなずいた。

 俺はハツホさまを部屋へと案内した。


 ナーランド伯爵家は没落貴族ぼつらくきぞくだけど、屋敷やしきはそれなりに広い。

 使用人がった分だけ、空き部屋も多いんだ。


「ハツホさまはこの部屋を使ってください」

「わーい。ベッドじゃ! これがうわさに聞くベッドというものなのじゃな──っ!」


 ハツホさまはベッドにダイブした。

 まくらを抱きしめて、ごろごろと転がって、それから──


「いや、そういう話じゃなかろ!?」

「なにがですか?」

「なんでわらわが獣人じゅうじんなの? わらわは神さまなんじゃけど!?」

稲荷神いなりしんって言っても、この世界の人たちにはわからないですから」

「それにしても話が早すぎじゃろ!? 即座そくざ了承りょうしょうされたんじゃけど!? お主の家族、ふところが大きすぎん?」

「事情があるんです」

「事情?」

「うちにはすごい借金があるんですよ」


 俺は椅子いす腰掛こしかけて、ハツホさま用のお茶をれる。


「俺はその借金のカタに政略結婚せいりゃくけっこんすることになってるんです。それで家族は『トウヤが結婚して自由を失う前に、好きなことをやらせてやろう』って思ってるんです」

「想像以上に重いのじゃ!!」

「俺もなんとかしようと思ってるんですけどね……」


 ナーランド伯爵家はくしゃくけは借金まみれだ。

 しかも、それを返すあてがない。


 調度品ちょうどひんはほとんど売り払った。

 使用人たちは、次の就職先を斡旋あっせんしてから解雇かいこした。

 残っているのは年老いた者や、行く当てのない者だけだ。


 領地からの収益しゅうえきはあるけど、それは利息の返済で消えていく。

 今は屋敷やしきを高く売り払うため、商人と交渉中だ。


 そんな状態のうちに『金はあるけど歴史の浅い男爵家だんしゃくけ』が目をつけた。

 その名は、ネイデル男爵家。

 男爵だんしゃくは、俺と男爵令嬢だんしゃくれいじょうを結婚させる代わりに、借金の一部を肩代わりするという提案をしてきた。


 男爵令嬢に子どもが生まれれば、その子は伯爵家と縁続きになる。

 ナーランド伯爵家の後継あとつぎ……つまり俺の兄に『なにかあれば』、伯爵位は俺の子がぐことになる。


 実質的に伯爵家はネイデル男爵家が支配することになる。

 男爵家としては、割のいい投資とうしなんだろうな。


「最悪じゃ!! お主はそれでよいのか!?」

「嫌ですよ」

「じゃよなあ……」

「だから、冒険者ギルドに行く予定だったんです」

「冒険者ギルドとはなんじゃ?」

「剣や魔法が使える人間が、仕事をもらうための場所です。魔物と戦ったり、ダンジョンを探索することで報酬ほうしゅうがもらえます。一攫千金いっかくせんきんを実現した人もいるそうです」

「なるほどの。お主は冒険者をすることで、借金を返すつもりなのじゃな」

一攫千金いっかくせんきんは難しいと思いますけどね。でも、借金の一部でも返せれば、返済期限を延ばしてもらえますから」

「政略結婚までの期限は?」

「……あと1年ってところですね」

「お主は、政略結婚では幸せになれぬのじゃな?」

「前世の記憶を取り戻すまでは……仕方ないかなとも思ってましたけど」


 前世の俺は、ずっと理不尽りふじんな目にあってきた。

 両親を亡くして、伯父さんが病気になって、めい茉莉まつりが事故で大怪我をして。

 ついでに、俺も死んでしまった。

 そのことを思い出したら、腹が立ってきたんだ。


「俺は……今世では理不尽りふじんにあらがうことにします。政略結婚なんかで自由を失うのは嫌です」

「うむ。よく言うた!」


 ハツホさまは満足そうな顔で、


「『家族のために我慢する』などと抜かしたら『自分を大事にせい!』と怒鳴どなりつけるところじゃった」

「ですよねー」

「我も協力するのじゃ。大船に乗った気でおるがよい!」

「それではうかがいますけど、ハツホさまは武器とかは使えますか?」

「使ったことないのじゃ」

「手から炎を出したり?」

狐火きつねびのことか? あれは管轄かんかつが違うのじゃ」

「戦うのは……?」

「戦ったことないのぅ。我はもともと、お使い狐じゃったから」


 ハツホさまは末社まっしゃに住む稲荷神いなりしんで、仕事は伝令役。

 上位の神さま同士を繋いだり、人間の願いを神さまに届けるのが役目だったそうだ。

 ということは……。


「ハツホさまは偵察役ていさつやくとして優秀なんですね」

「前向きじゃなお主!」


 ハツホさまが目を見開き、狐耳がぴん、と伸びた。


「『わらわって役立たずかも』と落ち込むところじゃったぞ!?」

「大丈夫です。戦闘は俺が担当しますから」

「わらわはお主を守ってやりたいのじゃが? 役目がないとさみしいのじゃが!?」

「ハツホさまは神さまなんですから。そこにいてくれるだけでいいんです」


 もともと、俺はひとりでクエストをやるつもりだったからな。

 お金がもうかるようなクエストなんて、命懸いのちがけだろうし。

 誰にも知られずに命を落とすことも覚悟していたんだ。


 でも、ハツホさまがいるなら話は違う。

 ハツホさまは神さまだ。

 俺になにかあっても無事に脱出して、ギルドに事情を知らせてくれるだろう。家族にも連絡してくれるはず。それだけで十分だ。


「……お主、なにか覚悟を決めておらん?」

「いませんよ?」

「自分を大切にするって言ったんじゃよなあ?」

「大切にします」


 もちろん、大切にする。

『自由に生きる』『理不尽りふじんをぶっこわす』という、希望を。


 そのためならなんでもする。

 どうせ一回死んでるんだ。やれることはなんでもやろう。 


 そんなことを考えながら、俺は冒険者ギルドに行く準備をはじめるのだった。



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