第2話「キツネの神さまを仲間にする」
前世でリーマン (24歳独身)だった俺は、あの雨の日、
その後、異世界に転生したんだ。
トライト王国の貴族、ナーランド
だけど、転生先の伯爵家は
だから俺は冒険者になるために、森の奥にある湖にたどりついた。
そこで、稲荷神のハツホさまと出会って……前世の記憶を取り戻したってことか。
「あなたは、あの神社の神さまなんですか?」
「そうじゃ」
「改めて名乗ろう。わらわは
「霊的な状態?」
「幽霊みたいなものじゃな。他の者には姿は見えず、触れることもできぬ状態じゃ」
「……なるほど」
「わからぬでもよい。とにかく、わらわはお主と出会ったことで、目覚めることができたのじゃ」
「お主とは
むふー、と鼻を鳴らす稲荷神のハツホさま。
きつね色の長い髪。
腰のあたりで結んだ髪。
頭の上からは、同じ色の、ふさふさの耳が出ている。
ふわふわとした尻尾もある。
ただ、着ているものがこの世界とは違う。
前合わせの上着を帯で止めた──俺の前世で言う、和服だ。
そこに
確か……あの日にお参りした神社には、稲荷神をまつったお社があった。
ちゃんと覚えてる。
小さな
このハツホさまがその社の神さまなのか? 本当に……?
「いや……でも、神さまが実在するなんて信じられないんですが」
「転生している人間の言うことか!?」
「そうだけど」
「じゃろう?」
稲荷神のハツホさまは胸を張った。
身長は俺より少し低いくらい。
彼女は大きな胸を揺らして、俺を見てる。
ハツホさまが神か、それに近い存在だということは疑ってない。
俺が
あの日、俺は社の前で、彼女の回復を祈っていた。
夜遅かったから、小声で。
あの場に俺以外の人間はいなかった。
なのに俺の願い事を知っているということは、ハツホさまは本当に神さまなんだろう。
「でも……どうして日本の神さまが異世界にいるんですか?」
「おぬしが原因じゃな」
ハツホさまは目を細めた。
「おぬし、うちの神社にお
「お参りしました」
「そのあと、トラックにはねられたじゃろ?」
「はねられました」
「そのときにお主の血が、わらわの社と
俺が転生した理由は、ハツホさまにもわからないらしい。
ただ、俺の血を受けた彼女は、俺と深い縁ができた。
そのせいで、俺が転生したときに、こっちの世界に引っ張られてしまったそうだ。
「我も
「本宮の神さまはなんと?」
「『これもなにかの
「えー……」
「仕方ないのじゃ。あの世界は神が
「神さまがたくさんいるって本当だったんですね……」
「じゃからの、わらわひとりがいなくなったところで、誰も気にせんのよ」
ハツホさまはため息をついた。
「というわけで、わらわはお主と一緒にこの世界にやってきた。でもな、
「あ、はい。俺はハツホさまを見て、前世の記憶に目覚めました」
「うむ。お主とわらわをつなぐ『
ハツホさまは岩の上で立ちあがる。
それから、彼女は俺を、びしりと、指さして、
「では、話を戻すとしよう」
「話ですか?」
「うむ。わらわがお主に
「言いたいこと……」
「そうじゃ!」
ハツホさま……怒ってるのかな。
まあ、そうだろうな。
俺と縁ができたせいで、見知らぬ世界に来ることになったんだから。
文句くらい言いたいだろう。
俺は地面に正座した。
神さまからお説教を受けるんだから、きちんとしないと。
「まずは聞こう。お主のこの世界での名前は?」
「トウヤ・ナーランドです」
「では、トウヤ・ナーランドに、
ハツホさまは、じっと俺を見て、
「お主! もっと自分を大切にせよ────っ!!」
そんなことを宣言した。
………………って、あれ?
「あの……神さま」
「ハツホでよい」
「じゃあハツホさま……怒ってないんですか?」
「なにがじゃ?」
「ハツホさまは俺のせいで、異世界に転移することになったんですよね?」
「トラックにはねられたのはお主のせいじゃなかろ?」
「そうですけど……」
「
「ありがとうございます!!」
「そこじゃ!」
「どこです?」
「なんでお主は人のことばっかりなのじゃ!? もっと自分を大切にせよ!! だいたいお主、雨の中で1時間以上祈っておったじゃろ!?
「
「そういう話ではないのじゃ!」
「そうなんですか?」
「寒い中、
「そんなこと言われても」
「そもそも仕事が遅くなったのも、後輩の
「なんで知ってるんですか?」
「コンビニは神社のご近所さんじゃ。だから、お主が電話する声が聞こえたのじゃよ。あのなぁ……お主」
ハツホさまはため息をついた。
「面倒見がいいのは結構じゃが、自分を
「俺は……まわりの人が傷つくのが嫌なんです」
気づくと、俺はそんな言葉を口にしていた。
「俺は前世では、子どものころに両親を亡くしてます。伯父さんの家に引き取られたけど、その伯父さんは病気で働けなくなりました。それからは、他の家族が家計を支えてたんです。姉貴は相手を見つけて結婚しましたけど、結局、
「それはお主のせいではなかろ?」
「俺が
「お主って、わらわより
「え?」
「
「……えっと」
「え? なに? お主って神なの? わらわより偉いと思っておるの?」
「いえ……そんなことはないんですけど」
「じゃろう!?」
ハツホさまは歯を見せて笑ってっみせた。
それから、俺の背中を
「わらわが保証する! お主は
「は、はい」
「ならばよし!」
「ありがとうございます。ハツホさま」
「言うべきことを言って、我も満足じゃ!」
腰に手を当てて、からからと笑うハツホさま。
この人はまちがいなく神さまだ。
俺が前世から抱えていた悩みを、一瞬で消し去ってくれたんだから。
「ところで、ハツホさま」
「なんじゃ?」
「ハツホさまは、これからどうするんですか?」
「……………………うむ」
ハツホさまはまわりを見回した。
ここは
まわりにあるのは湖と森だ。
こんなところに来るのは俺くらいだろう。
ここでハツホさまがどうやって過ごしていくのかというと──
「…………どうしよう?」
「考えてなかったんですか!?」
「異世界に転移した神さまなんて、わらわが史上初なんじゃもん!」
ぺたん、と地面に座り込むハツホさま。
「お主のことばっかり考えてて、他のことが頭から抜けていたんじゃもん! 仕方ないんだもん。人間を
「わかりました。俺がなんとかします」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫です。うちは貴族ですから」
「貴族?
「まあ、そんな感じです。ただ、うちは
「貧乏じゃと!?」
「ぶっちゃけ
祖父の代までのナーランド
それが傾き始めたのは、父さんが当主になってからだ。
人のいい父さんは知人を信じて、事業の共同出資者になった。
そしたら事業は大失敗。巻き添えになった父さんは、
領民を守るために、父さんはさらに借金を重ねた。
その後、借金を返すために領地の開発をはじめたけど、成功したものはひとつもない。
金額は……もう、返すのが難しいレベルになっている。
俺は次男だ。
なのに、借金まみれの家に頼るのもなー、と思って、冒険者を目指すことにしたんだ。
この世界では、貴族の子どもが冒険者になるのは珍しいことじゃない。
基本的に
次男や三男は
戦闘関係の仕事が多いのは、この世界には魔物がいるから。
貴族は魔物と戦って、領地と領民を守る義務がある。
というか、戦えない貴族はなめられる。
領民を守れない貴族の領地は、他の貴族に奪われることもある。『領民保護のために介入する』って。領民の方も、民を守れない貴族にはついていかない。
そんなわけだから、俺も祖父から戦い方を学んでいる。
祖父はめちゃくちゃ強かった。
国王陛下とくつわを並べて、魔物討伐をしたこともあるそうだ。
俺は祖父から戦い方を学んで──
祖父が亡くなったあとは、ひとりで修行をして──
15歳になったから、冒険者登録の前の腕試しとして、森に入り──
こうして、ハツホさまと出会ったというわけだ。
「これから俺は冒険者としてお金を
「お主、わらわの話を聞いておった?」
「聞いてましたけど?」
「じゃあ、どうしてそういう結論になるのじゃ!?」
「どうして、って……」
「わらわは言ったじゃろ? 自分を大切にしろって言ったじゃろ? 他人のために自分を
「最後のは聞いてませんけど」
「これから言う予定だったのじゃ!」
「そんなこと言われても」
「わらわはお主を困らせるために異世界転移したんじゃないのじゃぞ!!」
「でも、ハツホさまをこの世界に引っ張り込んだのは俺ですから」
「この
ハツホさまは俺をにらみつけて、叫んだ。
それから、肩で息をしながら、
「よーし、わかった。ならば、世話になる代わりに、わららはお主の手伝いをする!」
「え?」
「お主を
「…………あ、はい」
ハツホさまは大きな胸を揺らしながら、
……うん。手伝ってもらうのは、助かる。
これから俺は冒険者として働くことになるからな。
ハツホさまには、その手助けをしてもらおう。
彼女の生活費くらい、俺が稼げるだろ。
「そういえばハツホさまって、どんなものを食べてらっしゃるんですか?」
「人間と同じでよいぞ」
「そうなんですか?」
「普通にお
「わかりました。じゃあ、表向きは俺の仲間ってことにします」
俺はうなずいた。
「これからよろしくお願いします。ハツホさま」
「うむ。お主の願いを叶えよう!」
「無理しないでくださいね」
「お主こそ、無理して我を引き取ることはないのじゃぞ?」
「大丈夫ですよ」
「本当かー? 我は神じゃぞ? まわりの者にどう説明するのじゃー?」
俺の顔をのぞきこんでくるハツホさま。
まあ、なんとかなるだろう。
俺はハツホさまを連れて、
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