異世界の神が運営するクエストでポイントを稼いで楽勝生活を送ります。転生したらご近所の神様がついてきました -お狐神さまとぶらり旅-

千月さかき

第1話「異世界でキツネの神さまと出会う」

 カクヨム様の企画として、オンライン企画会議をすることになりました。


 短編3本を掲載して、その中で人気の作品を長期連載にしようという企画です。

 詳しい内容は「カクヨムからのお知らせ」に掲載されています。

 よろしければ、そちらもご参照ください。


https://kakuyomu.jp/info/entry/next_kadobooks_sengetsu


 初日の今日は、6話まで更新しています。

 楽しんでいただけたら、うれしいです。

 


────────────────────── 




 ここは、森の中にある湖。

 具体的に言うと、トライト王国にあるナーランド伯爵領はくしゃくりょう

 この俺、トウヤ・ナーランドの家のご近所だ。


 伯爵領にあるこの森は、領民たちの採取や狩りの場所になっている。

 野草や薬草、キノコなんかも取れる。

 鹿しかやイノシシもいるから、地元の猟師りょうしにとっても重要な場所だ。


 ただし、森の奥には立ち入らないように言われている。

 魔物が出るからだ。


 猟師りょうしや農民では魔物に太刀打たちうちできない。

 あいつらは身体が大きいし、攻撃力も高い。知恵のまわる奴もいる。

 森の奥に入れるのは剣士や冒険者とかの、腕に覚えのある者だけだ。



 だから、俺も森の奥に来たのははじめてだった。



「よし。今日の収穫しゅうかくはゴブリン3体に、コボルト2体か」


 俺は剣についた血をぬぐった。

 魔物を5体討伐とうばつ。こっちは無傷。

 冒険者になる前の腕試うでだめしとしては、悪くない成果だと思う。


「冒険者になれば……一攫千金いっかくせんきんうちうんだろうか」


 俺の実家──ナーランド伯爵家はくしゃくけ貧乏びんぼうだ。

 ぶっちゃけ、没落貴族ぼつらくきぞくと呼ばれている。

 次男の俺が家に頼ることはできない。

 だから、俺は冒険者を目指すことにしたんだ。


 俺の祖父は言ってた。

 伯爵家はくしゃくけの森の奥にある湖まで、ひとりで行けたら一人前だ、と。

 俺が、腕試しの場所にこの森を選んだのはそのためだ。


 ひとりで湖まで行けたら一人前。

 そのときは家を出て。冒険者を目指す。


 それが、俺自身が決めたルールだった。


 その湖も、もう、近い。

 背の高い木々の向こうに、光る水面が見える。


 さらに進むと……視界が開けた。


「ここが、祖父の言っていた湖か」


 きれいな場所だった。

 森の中にぽっかりと空間が開いてる。

 目の前にあるのは、かがみのような水面。それが対岸まで続いている。

 対岸の森は、さらに強力な魔物がいる……と、祖父は言ってたっけ。


「……伯爵領は森と山ばっかりだからな」


 だから貧乏びんぼうなんだけど。

 耕作地こうさくちは少ない。森を開拓しようとすれば魔物に邪魔される。

 売れそうな特産品もない。


 父上が事業でかせごうと考えたのもわかる。

 ただ……もう少し、やり方を考えて欲しかったけど。


「この世界って、どうしてこんなに理不尽りふじんなんだろう」


 あっさりと伯爵家は没落ぼつらくして。

 借金まみれになって。

 他の貴族からは足下をみられて、ろくでもない条件を突きつけられてる。


 俺が生まれてからは、ずっとそんな感じだ。


 俺はため息をついて、岸辺の岩に腰を下ろした。

 湖までは来ることができた。自分で決めたルールはクリアした。

 冒険者になることについては、家族の了承を得ている。

 あとは俺が、冒険者としてやっていけるかだけど……。


「…………あれ?」


 ふと、横を見た。

 岩の上で、女の子が眠っていた。


「はぁ!? あれ? え? なんで!?」


 いやいや、おかしいだろ。

 俺が来たときには誰もいなかったんだけど?


 俺は魔物を倒しながら森を抜けてきた。

 その間、誰とも出会わなかった。

 というか、こんな目立つ少女を見逃すわけがない。


 彼女が着ているのは純白の上着だ。

 腰から下は赤いズボン……じゃないな。

 なんだろう。このすそが妙にふくらんだ服は? はかまか?

 ……ん? はかまってなんだっけ?


 少女の髪は金色に近い黄色……きつね色?

 頭には大きなキツネ耳が生えている。ふさふさの尻尾もある。

 獣人じゅうじんだ。

 でも、獣人だからって、こんなところで眠ったりしないよな?


 それに……やっぱり、おかしい。

 何度思い出しても同じだ。

 この場所には、さっきまで誰もいなかった。


 俺だって戦闘警戒中せんとうけいかいちゅうなんだ。

 岩に座る前に、まわりの様子は確認してる。

 すぐ近くに獣人の女の子が寝てるのに、気づかないわけがない。

 じゃあ、この子は一体……?



「…………むぅ。ん」



 少女のまぶたが、ふるえた。

 岩の上に投げ出されていた手脚てあしが、ぴくりと動く。


 しばらくして、少女が目を開いた。

 彼女は身体を起こして、身体の動きを確認するように、手を握って。

 それから、俺を見た。


 俺は反射的に距離を取る。

 少女は岩の上に座ったまま、じっと俺を見ている。

 しばらく俺を見て、納得したようにうなずく。


 そして、彼女は大きく息を吸い込んで──



「ようやく来たか! おっそおおおおいのじゃぁっ!」



 獣耳けものみみの少女は、そんなことを宣言した。


「なんでここに来るまでに15年もかかるのじゃ! 人間がわらわを待たせるとは、どういう了見りょうけんなのじゃ! まあ、来てくれたのじゃから許すがな。ほれ、こっち来い」

「……はぁ」

「なんじゃ? はと豆鉄砲まめでっぽうらったような顔をしおって!」

「『はとがまめでっぽう』?」


 聞いたことのない言葉だった……?

 でも、なんとなく意味はわかる。なんでだ?


 この子の側にいると、不思議な気分になる。

 頭の中に別の記憶があるような……そんな感じだ。


「おお。そうか。お主はまだ、転生前のことを思い出しておらぬのじゃな?」

「転生前のこと?」

「そうじゃ。前世での最後の日、お主はわらわのもとに来ておるのじゃ」

「俺が? あなたのところに?」

「思い出せぬか? あの日、お主はわらわに賽銭さいせんをくれたではないか」

賽銭さいせん? お賽銭って……神社にあげる……あれ?」

「うむ。お主はわらわの神社を訪ねたのじゃ。前世で」

「前世……」

「覚えておらぬか? あったじゃろ!? おぬしが参拝さんぱいした神社には末社まっしゃが!! ついでのように賽銭さいせんを入れて祈ったじゃろうが!! 『めいの怪我が治りますように』と!!」

「……あ」


 次の瞬間しゅんかん、古い記憶がよみがえった。

 15年……いや、もう少し前。

 これは……俺が日本で死んで、生まれ変わる前の景色だ。


「神社。もしかして、あなたは俺が最後にお参りした神社の……?」

「うむ。神じゃ!」


 白い服……いや、白衣はくえ緋袴ひばかまの少女はむねらした。


「わらわの名はハツホ。前世のお主が最後にもうでた神社の神……稲荷神いなりしんのハツホじゃ!」


 その言葉を聞いて、俺は前世の記憶を完全に取り戻したのだった。






 俺が死んだのは、ひどい雨の日だった。

 その日は、いつも通りの長時間勤務。

 残業が終わったのは、日付が変わる2時間前。

 駅を出て、コンビニで傘と夜食を買ったあとで、スマホがふるえた。


 姉貴からの電話だった。

 一回り上の姉貴で、今は子育て中。子どもは中学生になったばかりだ。

 俺も会ったことがあるけれど、頭のいい子だった。

 そんなことを思い出しながら、俺は電話に出た。


「……茉莉まつりが、交通事故にったの」


 姉貴の声が、ふるえていた。


 ──娘の茉莉まつりが車にはねられて、両脚に大きな怪我を負った。

 ──意識は戻ったけれど、傷が完治するかはわからない。


 姉貴は俺にそんなことを教えてくれた。


 俺への連絡が遅かったのは、おたがいに離れた場所に住んでいるからだ。

 姉貴と両親は都会暮らしだ。

 地方に飛ばされた俺がめいのところに行くには、2時間以上かかってしまう。


 俺が忙しいことも、それでも家族のもとに駆けつけようとすることを、姉貴はよく知っている。

 だから姉貴は落ち着いた声で話していた。


「大丈夫。茉莉まつりはきっと歩けるようになるから、あんたは自分を優先ゆうせんしなさい」


 姉貴は言った。


「仕事を放り出して姪の見舞みまいに来たりしたらドン引きなんだからね」

「わかってる」

「本当にわかってるの?」

「わかってるって。それより、姉貴は大丈夫なのか?」

「わたしは大丈夫だから。それより、あんたは無理しないようにね」

「俺をなんだと思ってるんだ」

「面倒見がよすぎると思ってるわよ」

「普通だけど?」

「じゃあなんでこんな時間まで残業してるわけ」

後輩こうはいの仕事を手伝ってたからだけど?」

「ほらぁ!」


 ……そんなこと言われても。

 新人が仕事に慣れていないのは当然で、それを俺が指導するのもよくあること。

 明日の会議の資料作りが間に合わないと泣きつかれれば、ちょっとくらいは手伝うだろ。

 まあ、後輩の『UBSメモリを踏みつぶしちゃってデータが消えたんですうううう! 本当はちゃんと資料を用意してたんですよおおおおおっ』ってセリフは、うそっぽかったけど。


「本当に、あんたはもっと自分を優先しないと駄目よ」

「俺は自分のしたいことをしてるだけだが?」

「自分優先で休みなさいって言ってるの!」


 そう言った姉貴は、呼吸を整えて、


「……ありがとうね」

「なにが?」

「あんたと話してたら、落ち着いたわ」

「役に立てたのなら、よかった」

「家族が『役に立てた』とか言わない」

「わかってる。それより、姉貴も休んでくれ」

「ありがとう」

「あのさ、姉貴」

「なに?」

茉莉まつりちゃんは、歩けるようになるんだよな?」


 俺の姪の茉莉は、信号無視の自動車にひかれたそうだ。

 倒れたときに、右脚に大きな怪我をした。

 陸上部なのに。

 おととい「叔父さん! 次の大会で優勝したら任天堂の新型ゲーム機を買って!」ってメールが来たばっかりなのに。


「……うん。きっと大丈夫よ」

「そっか」

「また、なにかあったら連絡するわね」

「わかった。義兄にいさんによろしく」


 電話は切れた。

 俺はコンビニで買ったばかりのかさを開いて、歩き出した。


 ……世の中って理不尽りふじんだ。


 なんで信号無視の車が、よりによって俺の姪にぶつかってくるんだよ。

 なんであの子が大怪我しなきゃいけないんだよ。


「俺が疫病神やくびょうがみかもしれないって思ったから、離れたんだけどな」


 俺の実の両親は、俺が子どものころに死んだ。

 事故だった。

 身寄みよりがなくなった俺は、伯父の家に引き取られた。

 電話口は離していた相手は従姉妹いとこだ。一緒に住むようになってからずっと『姉さん、または姉貴と呼びなさい』と言われたからそうしてるけど。


 姉貴も、伯父さん夫婦も、俺によくしてくれた。

 でも、俺は早く独り立ちしたかった。

 だから高校を出てすぐに就職して、伯父さんの家を離れた。


 それから数年。

 俺はずっと地方の小さな会社で仕事をしてきた。先輩と呼ばれるようになって、生活も安定してきた。二度目の結婚をした姉貴も、今は幸せに暮らしている。

 なのに……今度は茉莉まつりが交通事故かよ。


 なんで俺の家族ばっかりこんな目に遭うんだよ。

 不公平だろうが。

 神さまはなにを考えてるんだよ……まったく。

 いい加減に腹が立ってきたぞ……。


 そう思って横を見ると、神社の入り口が目に入った。


 歩道の横に、石造りの階段と鳥居とりいがある。

 階段の先には玉砂利たまじゃりかれた道。その先がおやしろだ。


 地元の神社で、近所の子どもたちの遊び場にもなってる。

 俺も初詣はつもうではここで済ませてる。なじみ深い場所だけど──


「……よし」


 俺は石段を登り始めた。

 鳥居の前でお辞儀じぎをしてから、玉砂利たまじゃりかれた参道さんどうを進む。


 境内けいだいは静まりかえっている。

 もう日付が変わる時刻だ。

 こんな時間にお参りする人はいないだろう。


 人気がないならちょうどいい。神さまに文句を言ってやる。


 ──なんでうちの家族ばっかりひどい目に遭うのか。

 ──俺が疫病神やくびょうがみなのか。

 ──だけど、うちの家族は関係ないだろ!?

 ──少しくらいいい目を見せてくれてもいいじゃないか!?

 ──なんで神さまはこんなに不公平なんだこらぁ!!


 言いたいことを色々と考えて、それから──



 ちゃりん。



茉莉まつりの怪我がなおりますように。もとどおりに走れるようになりますように」



 ぱんぱん。



 俺は手を合わせた。

 ……文句を言うのは、茉莉が回復してからにしよう。


 境内には、他にもやしろがあった。

 いわゆる摂社せっしゃ末社まっしゃだ。

 神さまの名前は……暗くてよく見えない。


 これもなにかのえんだ。お参りしていこう。

 神さまがいるなら、ひとりくらいは俺の願いを叶えてくれるかもしれない。


 お守りは……この時間は売ってないか。

 その分、賽銭を多めに入れておこう。

 あとはゆっくりと、時間をかけて手を合わせて──と。


 そうして、念入りにお参りしてから、俺は社を離れた。


「……結局、俺にはなにもできないんだよな」


 世の中が理不尽でも、なにも変えられない。

 誰かの手助けをしたくらいじゃなんにもならない。

 せめて、理不尽なことに巻き込まれず、平和に生きていけたらいいのに。


 そんなことを考えながら、俺は参道を進んでいく。

 小さな石段を下りて、歩道へ。

 雨はまだ降ってる。さすがに身体が冷えてきた。

 帰ったら夜食にカップ麺を食べよう。コンビニで新味のやつを買ったから。


 そうして鳥居をくぐり、歩道に出た瞬間しゅんかん──光が見えた。


「──あ」


 ガガガガッ、と、大きなタイヤが縁石に当たる音。

 傾いたトラックが、歩道に乗り上げて──


 最後に見えたのは空だった。

 自分の身体が空中にね上げられたのが、わかった。



 俺は、暴走してきたトラックにはねられて、命を落としたのだった。



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