第8話 友よ
その後、彼はお金を会社に返した。
会社は警察に被害届こそ出さなかったものの、彼はその日のうちに退職処分となった。
すべては彼と同じ職場にいる友人から聞いた話だ。
それからしばらくして、彼は自己破産し、実家に戻ったらしい。
これで、よかったのだと思う。
私はどうするべきだったのか。
今でもよく考える。
はじめの方に「解決策は何も思い浮かばなかった」と書いたが、実はお金に関してだけいえば簡単な解決策がひとつ浮かんでいた。
簡単だ。私が借金を肩代わりすればいい。
借金の総額がいくらあったのか私は知らない。
金額が大きかった場合、私だけではどうにもできないかもしれない。
だが、周りに協力してもらったり、正規のルートでお金を借りたりして対応し、その後、何十年かかけてコツコツ返すことはできただろう。
あの状態の彼では現実味のない話だが、冷静な状態ならできなくはない話だった。
では、なぜそうしなかったのか。
お金の件をこうして解決したとして、彼はどうなるだろう。
私が返済したとして、きっと彼からお金が返ってくることはない。
そして、彼の記憶はこうなるだろう。
「あのときは本当に大変だったけど、なんだかんだで、なんとかなった」
いいように改ざんされた記憶によって反省することのない彼は、数年後、きっとまた同じような状態に陥る。
そう、すべての原因は彼の「弱さ」にある。
そこが変わらない限り、同じことはまた起こるだろう。
そもそも彼は、できないことを「できない」とはっきり言わなければいけなかった。
ノルマ達成のために頑張ることは素晴らしいことだ。
しかし、それが達成できなかったときは「できなかった」と頭を下げるべきなのだ。
怒られたくない、失望されたくないという理由で、払い込みをしたのは、完全に彼の「弱さ」からきた行動だ。
どんなに無様でも、どんなにカッコ悪くても、まず現実の自分を受け入れる「強さ」は必要だと、私は思う。
そこから望む自分になれるように、ゆっくり変わっていけばいいのだから。
あれから何度も季節は巡り、ようやく私も客観的に事実を受け止めることができるようになった。
彼は、ありのままの自分を受け入れることができただろうか。
すべてを受け止め、また自分できちんと考え、地に足をつけ、一からしっかりと歩けるようになっただろうか。
もしまた彼と出会うことがあるのなら……。
そのときは、すれ違う私に気づかないほど、今ある彼の日々が満ち足りたものであってほしいと思う。
私が彼と言葉を交わすことは、きっともうないだろう。
けれど、願う。
友よ、強くあれ。
転がり落ちゆく君の隣で、ただ私は…… はるこむぎ @harukomugi
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