episode 5 最後の一日への覚悟 [終]

 私は再び泣きそうになり、天使の蒼白い顔がほほ笑んで『さあ、昨日に戻りましょう』と続ける。

「い、一応大丈夫だけど……、昨日に戻れるの?」

『はい。友紀様は昨日、死ぬのをあまりにも唐突におやめになられたそうです。早まって姿を見られた私とは別の天使が友紀様の記憶を消しましたら、今日にお飛びになられたとわかりました。我々の落ち度でございますから、昨日に戻してさしあげます。ただ、今日死ぬことは変わらないでしょう』

 ああ、私がそこまで急に死ぬのをやめていたとは。いやそれより元の時の流れに戻せるんだ、今日の死が変わらないのはわかっているつもりになるしかない。

 しかし注意点は他にもあり、天使はより冷えた声で言った。

『一つ条件がございます。友紀様が昨日にお戻りになられてからの一日、残りの時間を誰かのためにお使いになることが求められます』

 誰かのため。話を聞いた私の脳裏に、思った以上にすんなり浮かんでくる映像があった。

 好きな山下くん? まさか、圭くんでもない。

 私が考えたのは野田さんの姿だった。先ほど見かけた顔色は遠くて読みとれなかったが、

 ――タロウは猫よ、今捜してるの。

 彼女は飼い猫タロウを捜して暗く沈んでいたに違いない。過去に彼女を傷つけた私は、手に入れることになった一日を自分自身に差し出せなくとも残念には感じず、昨日の彼女に状況を聞いてどうにか逃げた猫を見つけてあげたくなっていた。

 正直自分で驚いている。でも死んでなくなるはずだった一日だし、それで野田さんが許してくれなくてかまわない。悪事が帳消しになると期待したわけではなかった。彼女と猫が救われればそれでいい。

 玄関で履いてきたほうの靴に足を入れて鞄を持ち、深呼吸した私は「心配しないで。やらなきゃいけないことがあるから」と天使に告げて右手を差し出した。

『わかりました。ご準備はよろしいですね?』

「うん。もう決めたから」

 冷たい天使が温かく笑ってくれ、それに応えて私も笑顔をつくるとなぜか天使が驚き、私をまじまじと見つめてきた。

「――えっ、何、どうしたの?」

『友紀様、それは……』

 天使がそっと指さしたのは私の左頬で、そこにはまた涙が流れているではないか。私が泣いている理由は――、そんなことはいい。

「天使さん! いいから、大丈夫だから。行こう、昨日に」

『はい、わかりました!』

 天使のりんとした声が玄関に響き渡った。


          了


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ドッペルゲンガーじゃない 海来 宙 @umikisora

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