第11話 残雪
あの時は春先の雪夜だった。春先の雪山だから、声にならない、悲鳴が雪原に響き渡った。片方の靴を忘れたのはあの時、僕は靴が脱げたからだった。片方の靴がちぎれるほど雪崩は大きかった。
雪渓に出来たクレバスのように心は壊れ、全てを思い出して僕は息を切らした。その吐息さえも雪交じりの雫になるんじゃないか、と思うほど息を吐いた。
「雪広、あなたは悪くないの。生きないといけないの。死んだらいけないの」
母さんを形作る面影が僕の中で一致したとき、僕はわっと声を上げた。
「雪広、死んだらいけない。死んだらそこで終わりなのよ。毎日辛くても春は必ず来るわ」
おじいさんが僕の手を引いた。
「これ以上、あちらの世界へ行ったらいかん。お前さんはまだ生きている。元の世界に戻らないといかん」
涙の雫から煌めく、星の欠片のような小雪が舞い、はらはらと舞い落ちていった。
「春は来るわ。あなたも春を好きになれる日はきっと、来る」
視界が光り、僕は列車の中で蹲った。おじいさんが僕をさすり、子守唄を歌ってくれる。雪空の下を走る列車は時空を超えて走り続けた。星を買おうとする、僕らは涙に残雪を託した。列車は止まっていた。永訣の朝、また、あの日のように見た無人駅だった。
おじいさんも少女も車内にはいない。僕は雪の声を遠くに聴きながら、その列車から降りた。無人駅の入り口に満開の桜が咲いていた。白雪の桜の花びらは僕が好きな雪の華のようだった。僕は何とか体勢を保ちながら、その桜の樹を見上げた。
僕は冴え返る冬に焦がれながらも、春を待つ人になって生きていくのだろう。桜の花びらが霏々と舞った。桜の花びらと雪の華は季節の折々を感じるためにバトンタッチしているのだ、と僕は初めて知った。
星を買う人 詩歩子 @hotarubukuro
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