5 平和

 一花はあくびをかみ殺した。本日は晴天だが、遠くに立派な入道雲が見えるので、夕立が来そうである。今日も今日とて、ダンディ理科教師は2-A書記の熱視線にさらされながら授業をしていた。今日は加水分解の話をしているらしい。大体みんな真面目に授業を聞いている。何が怪異を退けるのに使えるか分からないからである。


 「分子構造の授業、復習しといて良かったー。復習しないと、あんたたちがレモン汁で溶けるって知らなかったもん。ね?」


 一花は机の上でぴたぴた跳ねる小さなスライムに話しかけた。スライムは一花の出した消しかすをぴたぴたと回収しながら、ん? と首をかしげるような仕草をした。一花はときめきに胸を押さえた。一花の好きな人のタイプは、幼げで手のかかるやつ、である。


 あのあと喫茶店から逃げ出していったスライムは、先生方の誘導の元、スライムを作り出してしまった小学生の元へ帰っていったらしい。彼の担任が全力で指導した結果、その小学生はどうにかスライムを制御できるようになったんだそうだ。で、迷惑をかけたお詫びとして一花と竜平に一匹ずつ小さなスライムをくれた。どちらかというと、一花と竜平が待機通知を破って喫茶店にいたのが悪いのだが、先生方の協議の末、「迷惑をかけたら謝ろう」という小学生の情操教育が勝ったらしい。

 一花が爆睡している間、代わりに事情を聞いた竜平からの伝言である。もちろん待機通知を守らなかった一花と竜平は、すべてが片付いた後に先生方にこっぴどく叱られた。


 眠気覚ましにぐっとのびをして、一花はグラウンドの方を見た。一つ上の学年の男子がサッカーをしている。この炎天下、この時間帯のグラウンドでの体育はきつそうだ。同情の目線で見ていると、一花の目が竜平を捉えた。サッカーをしていたのは竜平のクラスだったらしい。途端に眠気が吹っ飛び、テンションの上がる一花。サッカーボールを追いかけて、何もないところで転ぶ竜平。通常運転である。


 かわいさに堪えきれずスライムをにぎにぎする一花。されるがままのスライム。しかし、竜平を目で追っているうちに、グラウンドの手前側に何か大きな黒い影を見つけてしまった。一花は固まった。


 カオ〇シの亜種がいた。


 いや、あいつはカ〇ナシと呼んでいいのだろうか。カ〇ナシの姿をしているが、お面が一つではなく、たくさんついている。いたるところに、めっちゃたくさん。あれ、もう顔ある判定でいいんじゃないか。


 カ〇ナシ亜種はグラウンドの方から、ジグザグと校舎の方へ向かってくる。なにあれ。少しして、一花はカ〇ナシ亜種が走っていることに気がついた。足が生えている。陸上部のような、無駄に綺麗なフォームで走っている。ほんとになにあれ。


 と、ドシャーンという音がした。落雷のような音。一花の視界に、グラウンドの方角へすっ飛んでいく生徒会長が入った。生徒会長は走ってくるカ〇ナシ亜種に、飛んでいった勢いのまま刀を突き刺す。カ〇ナシ亜種は数秒止まった後、身体をびくびく痙攣させて、端っこから静かに消滅していった。わずか10秒あまり。早業である。


 一瞬後、学校中から歓声が上がる。「やったね会長!」「会長、お見事!」「かっこいいよ会長ー!」気付けば、クラスメイトが窓際に集まってやんややんやと声援を送っていた。移動音が派手な会長は、否応なく目立つ。生徒会長は死んだ目で「ありがとう☆」と怒鳴った。アイドルっぽく振る舞い、応援されればされるだけレベルの高い怪異を倒せる会長は、本人の気質的に、もうそろそろ胃に穴が空きそうである。強力な力も、コントロールできなかったら本人を苦しめる。一花もあまりの眠気に病院に行ったら素質が発覚し、学長に清泉学園に連れてこられた口である。


 よく学び、よく遊び、よく力をコントロールする。

 今日も清泉学園は平和である。


 


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私立清泉学園 飴傘 @amegasa

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