4 倒し方
スライムが逃げていってから、秒針が三周するまでたっぷり固まった後。竜平はおそるおそる、といったように一花を見た。一花は先程のあくどい表情が嘘のように、すんっとしていた。
「大丈夫・・・・・・?」
「大丈夫ですよ、むしろ先輩の方が指、大丈夫ですか?」
絆創膏あります? と勝手にキッチンの方へ向かう一花を慌てて止めて、その辺のスツールに座らせる竜平。キッチンの奥から救急箱を取ってきて、一花を治療しようとして、ぴたっと固まった。スライムに飲み込まれていただけの一花に怪我はなかった。どちらかというと竜平の方が重症な見た目である。
若干恥ずかしそうに自分の手当てをし始める竜平を見つつ、一花は小さくあくびをした。眠い。一花の場合、怪異と話すと眠くなるのである。いや、そうでなくても一花はいつも眠いのだが。自称永遠の成長期である。
「そういえば! 一花ちゃん格好良かったね! 怪異と話せるんだよね? すごいよ~」
「いや、話すというより、怪異に届く言葉を発する、強制的に話を聞かせるって感じですよ。先輩の想像しているみたいな怪異と仲良くお話、みたいなことはあんまできませんね」
「えっ? そうなんだ」
「そうです」
180cmのぽわぽわはメルヘンなことを考えていたらしい。怪異相手に流石である。器用に両手の指先に絆創膏を貼った竜平は、「わ~、スライム、店の中ぐっちゃぐっちゃにしてった! 片付けなきゃ~」とわたわた片付けを始めた。高校の部活が運営しているにしては洒落たデザインのテーブルや椅子が、軒並み倒れている。眠くてぼーっとし始めた一花は、スツールの上に座ったままこくこくと船をこぎ始めた。
「・・・・・・先輩は、やっぱり引かないんですね」
「んー? 引くって何を?」
「いや、私の、なんというか、倒し方? を」
「え、どうして引くの? 一花ちゃんは僕を守ってくれたのに?」
テーブルをよいしょ、と持ち上げて、不思議そうに首をかしげる180cm。首をかしげる男子高校生は可愛くないが、眠りかけで涙の膜が張った一花の目には、キラキラのエフェクトがかかって見えた。
「あの、きっ、気持ち悪いこと、言ってたでしょう?」
「え~? 別に、なんて言って怪異を追い払おうが、関係ないよね~?」
ごにょごにょ言いながら、眠気が限界に来た一花。スツールから前に倒れ込みそうになったとき、何かにふわりと抱き留められた。一瞬遅れて、コーヒーの匂い。コーヒーの匂いは一花をふわりと抱きかかえ、喫茶店のソファ席に寝かせた。思春期には難易度の高い、ぽわぽわ高身長と眠すぎる低身長だから成せる技である。
微睡みの中で、大好きです、と一花は呟いた。人を一部分で判断しないところ。厳しい家で育ってきたのに、他人を気遣えるところ。昔、いろいろあってトラウマになっていたこの倒し方を仕方なく披露したとき、目をきらきらさせて、賞賛の言葉を贈ってくれたことーー。
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