第一章:人工楽園③

「……」

 村の住宅地から外れた、木々のまばらな開けた場所だ。近くを川が流れている。『モモのびっくり農園』という立て看板の向こうに、しっかりと耕されて柔らかそうな土のエリアが広がっている。そこに、中身をくり抜けば人が数人入って焚き火でもできそうなくらいの巨大な何かが鎮座していた。いや何かと言うか、カブなのだろうけれど。

 誰かの肥料がどうとか言っていたが、何と言うか、そういう問題ではないような気もする――ある意味、これも奇跡なのでは?

 不死鳥や、人狼の存在を何事もないように受け入れていることといい、この村に来てから驚くことばかりだ。

 ウェンディは畑を後にし、『シュトゥルーデル・ブランジェール』を目指す。雇い主であるヘンゼルとグレーテルは、もうパンを作っている頃だろう。ウェンディの仕事は、焼き上がったパンを棚に並べること、それからパンを購入するお客との金銭のやり取りだ。

 そんな大事な部分、店の売上を扱うような仕事を余所者に任せて大丈夫なのかと、もちろん雇われた初日に尋ねた。シュトゥルーデル兄弟は計算が苦手で、お釣りの計算にいつも手間取っていたため、もし得意ならばぜひ任せたい、とのことだった。悪い人に盗まれたらどうするのか、その点については言及しなかった。

 一日分の売上を盗まれたくらいでは、大して困らないのかもしれない。幼い二人を路頭に迷わせることを、この村の住民たちがするとは思えない。

 村のメイン通りを歩いていくと、パンの焼ける美味しそうな匂いが漂ってきた。

「おはようございます」

 扉を開けて、中に入る。店内は大人三人ほどで満杯になる程度の空間しかない。壁には棚が三段あり、現在は空のトレーが置いてあるだけだが、そのうち、全てのトレーにパンが並ぶ。

「ウェンディさん、おはようございます」

 店の奥の厨房からヘンゼルの声が聞こえてきた。グレーテルが粉まみれの顔をぴょこんと覗かせて、ウェンディを見る。

「おはようなのです! 今日のりんごパイは格別なのです!」

 それ毎日言ってるけれど。ここのアップルパイが格別なのは確かではある。

「今日もお店の方、よろしくお願いしますね」

 ヘンゼルが手を拭きながら姿を見せて、お辞儀をした。彼はいつも礼儀正しく、大人びている。グレーテルは元気がよくて、表情の変化こそ薄いけれど可愛らしい子だ。アップルパイが大好きらしい。

「うん、よろしくお願いします」

 ウェンディは、壁にかけてあったエプロンを身に付ける。

 彼らの傍で働いていると、故郷の弟たちを思い出す。ジョンは元気にしているだろうか、風邪など引いていないだろうか。マイケルは――彼のためにも、早く成果を持ち帰らなければ。病状は安定しているとは聞いているが、決してよくなっているわけではない。いつ何が起きるか分からないものだ。

 早く、昔のように外を駆け回れるような身体にしてあげたい。

 不死鳥が役に立つことを祈るしかない。

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ONCE UPON... くろこ(LR) @kuroko_LR

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