第一章:人工楽園②

 『銃と鉤爪亭』という名の食堂で、ウェンディは朝食を注文した。トーストとふわふわたまごのモーニング。赤いずきんを被った、可愛らしい顔立ちのウェイトレスがこくりと頷いて厨房へと歩き去る。店の奥の厨房では、可愛らしい花柄のエプロンを身に付けた二足歩行の獣がフライパンを振っていた。彼女はルー婆と呼ばれている。

 人狼という種族らしい。空想上の生き物だと思っていたが、どうやらウェンディの生きるこの現実に存在していたようだ。まあこの世には、より希少性の高いフェニックスが存在したくらいだ、人狼がいてもおかしくはないだろう。――たぶん。うん。そういうことにしておこう。

 見た目はともかく、レストランを開いているだけあってルー婆の料理は美味しかった。滞在を決めた初日、食事をするならここだよと不死鳥が自慢げにこの食堂を紹介したが、その気持ちはとてもよく分かる。儲ける気もないのだろう、価格もかなり安かった。

「……」

 トン、と軽い音を立てて、湯気の立つ料理が盛り付けられた白いプレートがテーブルに置かれた。ウェイトレスのシャロンはとても無口で、滅多に言葉を発さない。ウェンディはまだ、その声を聞いたことがなかった。

 小さな壺に入ったバターをトーストに塗り、一口かじる。このトーストに使っているのは、ウェンディが一昨日からアルバイトとして雇ってもらっている『シュトゥルーデル・ブランジェール』のパンだろうか。二人の幼い兄弟、ヘンゼル・シュトゥルーデルとグレーテル・シュトゥルーデルのお店だ。朝早くから小さな手で生地を捏ね、かまどでこんがりと焼き上げる。職人としては一人前、だが彼らはまだ、10歳にも満たない。

 両親に捨てられた二人は行くあてもなくさ迷い歩き、この村へと辿り着いたと言う。無理に働かなくても大丈夫だと村長には言われたが、パンを作ることが楽しいからやっているのだと彼らは言っていた。シュトゥルーデル兄弟の作るパンはどれも美味しいが、一番の人気商品はアップルパイだ。そういえば村の外に果樹園がある。モーニングにも食べやすくカットされたリンゴが添えられている。

 ウェンディは鮮やかな黄色のスクランブルエッグをフォークで掬い上げ、口に含む。小麦粉やバターなど、入手経路が不明なものもあるが、食料に関しては、この村は不自由していないようだった。

 もぐもぐとトーストを咀嚼していると、ドアチャイムの音と共に扉が開き、ボサボサの頭をした不死鳥とウェルテルが入って来た。二人とも、髪の毛には葉っぱが絡まり、頬や服に土のような汚れが付いている。

「シャローン! 朝ごはんくれ……お腹空いた……モモのところでカブの収穫してたんだけど、なかなか抜けなくて……って、あ、ウェンディ。おはよう」

「おはよう……というか、お疲れ様?」

 不死鳥はウェンディの隣の椅子に座り、シャロンが差し出したコップの水を一気に飲み干した。

「うん……もうさ、モモは肥料やり過ぎだと思うんだよ、今日のカブなんてめちゃくちゃ大きくてさぁ、スープにしたら何ヶ月分だよって感じの……ウェンディって、モモのこと知ってたっけ?」

「モモ……さん? まだ会ったことないかも」

「そっか。村の外に畑作って、野菜とか育ててるんだけどね、普段はまあそれなりなんだけど、たまにとんでもない大きさの野菜とか果物ができるんだ……今回なんて、オレの身長と同じくらいの高さはあったよな、ウェルテル? 一体どんな肥料やってるんだか」

「まあデカかったよな……あれ、ドルマンの特製肥料だろ?」

「うぇ、マジで?」

 不死鳥の身長というと、大体170cmくらいの大きさの――カブ? 野菜の? そこまで大きくなるものなの?

「重くて、まだ畑から動かせてないんだ……ウェンディも後で見に行ってみるといいよ、大きくてびっくりするから!」

「う、うん……行ってみるわ」

 見に行こう、絶対。

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