第一章:人工楽園①
ヴィラジュというその村は、森に囲まれた辺鄙な場所にあり、地図にも記されていなかった。衛星写真で見て初めて、そこに集落があると分かったくらいである。
――その写真も、何故かぼやけていたけれど。
村へ至る道はもちろん舗装などされていない。車を使うには少々リスキーなでこぼこ道と予想されたため、ウェンディは森の手前で輸送機を降り、ひたすら歩いた。幸いにも方向を見失うことはなく、一時間ほどで辿り着くことができた。
そこは平凡な村に見えた。レンガ積みの住宅が2、30軒ほどの小さな集落。一際大きい建物は村長の家だろうか――アパートらしき建物もある。メイン通りと思われる広めの道にはしっかりと石が敷かれ、小さいくせに何故か噴水広場が三か所も見えるが、ひとまず気にしないことにする。
「あっ」
人の気配に振り返ると、一人の青年が中身の詰まったごみ袋を持ってアパートの一室から出てきたところだった。
「こ、こんにちは」
「......こんにちは」
挨拶を返すと、彼は安堵したように笑った。燃えるような赤毛は頭頂へ向けて青紫、濃い青へと変わり、控えめに言ってもド派手なカラーリングだ。しかし本人はというと不釣り合いなくらい純朴そうというかおっとりしているというか、まあ人のよさそうな青年だった。
「旅のひと? どこまで行くの?」
「えぇ、まあ......目的はとくにないですが。色々見て回ろうかと」
「そうなんだ。きれいな景色とか? おいしいものとか?」
「そんなようなものです」
「いいね! 楽しそうだね」
警戒心のない、ただただ明るい笑顔。鍵も閉めずに、ウェンディのそばにやって来て、あれこれ話し出す。小さな村だから、泥棒などはいないのかもしれない。
よほど旅行者が珍しいのか、それとも単純に人好きなのか、エメラルドブルーの眼が幼い子供みたいにきらきらと輝いている。
彼こそが、ウェンディの探していた人物――不死鳥の特徴を持つ子ども。
特異な頭髪の色だけではない。その身体には鳥の羽毛のようなものが生え、気味が悪いと石を投げつけられれば、その傷口は蒼白い炎を放ち、まるで映像を巻き戻しているかのように跡形もなく治るそうだ。飲食店の裏口付近で残飯を漁っていたところを刃物で刺されたこともあったらしい。もちろん、その傷も同様に、蒼白い炎の中に消え去ったという。
そういった噂は、風のように広まるものだ。人間のような姿をした化け物だと知れ渡ってしまった彼は、新しい街にやって来ては追い出され、放浪の果てに、この小さな村に落ち着いたという。すべては状況証拠、その追い出した街で聞いた話に過ぎないが。
「あっ、そうだ、ゴミ出さなきゃ。……じゃあ、ゆっくり見て行ってよ。って言っても噴水くらいしか見るとこないかもだけど」
青年はそう言って、隣室の扉を叩いた。
ウェンディはその場に留まり、彼の様子を観察する。
「おーい、ウェルテル! 今日、ゴミの日だぞ」
ドンドン。何度か叩かれたあと、扉は開き、小柄な青年が顔を覗かせた。
「うぇい……まだ眠いよ……ぐー」
「こら、寝るなよ。ゴミ捨てに行こう。ほら、支度しろって」
「へいへい……」
黒髪で猫背気味、顔の血色も良いとは言えない。健康的で明るい印象の不死鳥とは対極にあるような青年だ。ファスナーをきっちりと閉めてパーカーを着ているが、頭には寝癖が目立つ。
外界との接点が薄そうなこの村に、不死鳥のような訳あり以外の若者がいるとは思わなかった。いや、この村は、そもそもが化け物呼ばわりされていた不死鳥を受け入れるような住民たちが暮らしているわけで、普通ではないのかもしれない。こんな森の奥で、食料や日用品の調達はどのように行っているのだろうか。
ウェルテルと呼ばれた青年が、不死鳥と同じようなゴミ袋を持って気だるそうに部屋から出てきたところで、ウェンディは声をかけた。
「あのう……しばらく滞在したいんですが」
「へっ?」
振り返った不死鳥が目をぱちくりさせて、ウェンディを見た。
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