ONCE UPON...

くろこ(LR)

(1)失われた時を求めて

はじまり:不死鳥と雉鳩

 英国機密情報局に所属するウェンディ・ダーリングには病気の弟がいる。彼女は弟の病気を治すため、世界中の様々な治療法を調べてきた。医療という枠組みを超えて、人々の病気を治したという聖女の痕跡や眉唾ものの民間療法まで、あらゆる可能性に望みをかけ、そして落胆してきた。

 幸いにもそれは情報局が求めるものでもあり、彼女は仕事として弟のために動くことができた。末永く健康で、快活に生きていくことは、情報局に出資する多くの者が望んでいる。いわゆる、富も名声も持っている人種だ。彼らにとって、唯一といっていいほどままならないもの。

 寿命――つまり老い、その克服だ。

 現状、最先端の医療をもってしても、不可能なこと。だから奇跡に頼ろうとしているというわけだ。奇跡そのものが手に入らなくても、突破口になれば十分。

 ウェンディもまた一段階上の医療を欲している。運命には見放されたが職場には恵まれた。まだ諦める必要はない、この世界は奇跡に満ち溢れているのだから。

『次は不死鳥だとよ』

 協力者の男は嘲笑を含んだ口調で言った。不死鳥――フェニックスと呼ばれる大型の鳥について、まだ人々は多くを知らない。だが、知らないものは調べたがるのが人間だ。

 何かがあれば、そこに研究者は存在する。だから当然、希少とはいえ実在の生物を前に、誰もが何もしないなんてことはなかった。

 とくにフェニックスという生き物は、死を克服した存在として言い伝えられてきた。伝承の真偽はウェンディにはまだ分からないが、死は人間が唯一恐れるもの、それでも避けようがないものだから。

『フェニックスの細胞はほぼ永久的に再生を繰り返す。(ほぼ、というのはそこまでの長期的な観測を行うことができた人間がいないからだ)』

『フェニックスといえども、老化によって、再生能力は低下する。しかし彼らはそれをリセットする方法を備えている』

『一度すべてを破壊し、再び出生のプロセスを踏むことで、本来の再生能力が復活する』

『つまり…一部分だけ治そうとするからガタが来る、ということか?』

『だからって、全ての部品を取り替えようっていうそのエネルギーはどこから来るんだか…幻獣ってのは意味不明な生物だよなぁ』

 男が持ってきた資料によると、そういう話だ。

 この研究所は、一羽の不死鳥を捕らえることに成功していたという。いや、捕らえたから研究がスタートしたのかもしれない。ともかく、実物を使って実験を繰り返していたというから、不死鳥に関しては間違いなく最先端の知識を持っている――持っていた。研究所は焼失してしまったが。

 建物も、そこにいた人間もことごとく燃えて、成果は殆ど残っていない。それでも、諦めきれなかった出資者は、燃えカスから火災の原因や研究内容の残滓を漁らせ、そして発見した。

 人間と不死鳥の特徴を併せ持つ組織片を。

 紛れもない、それは成果だ。人間の子供に不死鳥の細胞を移植し続けていたこの研究所があげた成果、人間が死を克服するための第一歩。

 ――それがあれば。

 ――弟の弱った身体も再生できるかもしれない。

 資料を読みふけるウェンディを、男は冷めた目で眺めていた。

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