Lab.10 一夜を灯す篝火(前編)
空に色とりどりの花火が打ち上がる。
赤、青、緑。紫もある。大小さまざまなその花火たちは、まさしく華々しい。
「綺麗……」
「写真撮ってSNSに上げていい?」
「いいよ〜」
エネがカメラを向け、ワクとネイは肩を寄せ合う。イチヤはニライと談笑しているし、他の研究員たちも花火を楽しんでいる。
しかし。
カナタの目に留まったのは、1人俯くカガリの姿だった。
「カーガリ先輩!」
カナタがカガリの隣に立つと、カガリはどこからかガスマスクを取り出し、手早く被った。
「なんだよ、カナタ。俺は1人で物思いに
「せっかくの花火なのにそんな顔されちゃ嫌です。隣にいさせてください」
「……好きにしろ」
「ありがとうございます」
カナタはカガリの隣で花火を見上げていた。
続々と打ち上がる花火。その美しさにカナタが見とれていると、カガリは言った。
「夜しか輝けない明かりに、何の意味がある」
「……先輩?」
「俺は……何のために……」
カガリがガスマスクを外し、涙を手で拭った。
「先輩、ハンカチいります?」
「いらない」
花火の下ではしゃぐイチヤの声が聞こえた。
「所長!こんなにすげえ花火、どうやって用意したんすか?」
「うん?知り合いの花火師に監修してもらったんだよ」
「花火師の知り合いがいるんすか!?」
「ボクって意外と顔が広いんだよぉ」
「意外でもなんでもないっす!!」
イチヤの勢いにタジタジなタオ。そこにニライとシュウが寄り添う姿も見えた。
「おお、そろそろラストスパートかな?」
打ち上がる花火が増えて、華やかさが一層増す。しかしカガリの表情が明るくなることはなかった。
「はー、終わっちゃった……」
エネがカメラを降ろし、片付けを始めている。
「ちゃんと撮れたか、明日確認しないとな」
ワクも眼鏡を外してケースにしまっている。他のメンバーもカバンを背負って帰る準備をしていた。
「カガリ先輩、帰りますよ」
「うん……」
「……カガリ先輩?」
「俺は
そう言ってフラフラとカバンも持たずに去っていくカガリを、カナタは見ていることしか出来なかった。
次の日の昼、カナタは授業の合間にラボに訪れた。
カガリは1人で黙々とノートパソコンを操作している。
昨日の言葉の意味を尋ねようにも、簡単に聞けるような内容ではない。
「さて、今日も数学とお話しますか」
カナタは数学の教科書を開き、机に向かった。
「ア゙ーッ!!」
カナタが集中して数学の問題を解き進めていると、甲高い悲鳴が鼓膜を突き破る勢いでカナタの耳に入った。
「やめろ!」
振り返ると、カガリがパソコンを抱え込んでイチヤを睨みつけていた。
「今、俺は本当にやりたいこと探しをしてるんです。ちょっと参考にそれ見せてくれませんか?」
「ハッ?!ダメだ、ダメに決まってる!!」
「何やましいもの見てたんすか?」
「や、やま、やま、やましいものなんて見ていない!!」
「その反応はえっちなビデオでも見てたやつですね!?俺にも見せてください!」
「あの!」
あまりに2人がうるさいので、カナタは立ち上がって2人の言い争いを止めるために間に割って入った。
カナタがカガリを見ると、彼は気まずそうに目を逸らした。イチヤの方はカナタの肩を掴み、言った。
「この人エロビデオ見てるかもしんねえ」
「それは知ってる」
他ならぬイチヤがその疑惑を叫んだのだ。カナタも信じたくはないが、カガリの顔の赤らめ具合が疑わしいのも事実。
「俺が確認するからカナタは離れてて!」
「いや……私、そういうの抵抗ないよ?」
「抵抗持てよ!!」
ハア、とため息をついたイチヤは、油断していたカガリからパソコンを奪った。
「よっしゃっ、カガリパイセンの秘蔵映像〜」
「そもそも学校で見るのが間違ってますよね!」
ウキウキでパソコンを開いた2人。画面に移されていた映像を見て、顔を見合わせた。
「俺これ、中学のときに見た!」
「懐かしい……」
教育番組の植物の受粉映像が再生されていくのを呆然と見るイチヤとカナタ。
ガタン、と音がした。カガリが椅子から転げ落ちたのだ。
「うわぁぁ……」
2人の足元で身体を丸めて悶えるカガリは、消えそうな声を上げている。
「ぴこーん!!」
右手の人差し指を立ててイチヤが謎の効果音を発した。
「名探偵イチヤ、ひらめいちまった!!」
「何を?」
「カガリ先輩は、きっと植物の受粉で興奮する人なんだよ!」
「……そうなの?」
「だからあんなに慌ててたんだ!」
カナタはカガリを見る。黙って目を逸らすその様子から、どうやらイチヤの推理は図星らしかった。
「カガリ先輩も変わった性癖をお持ちなんですね……」
「カナタ、お前には言われたくない……」
「私偏見ないんで大丈夫ですよ?」
「それであったらお前のことぶっ飛ばしてるわ」
カガリは倒れた椅子を直し、大きなため息をついて座った。
「そういう目をされるからバレたくなかったんだ……身内にこんなことバレたらどんな顔してこれからラボに出入りすればいいか分からない……」
「私みたいに堂々としてればいいんじゃないですか?」
「全員が全員カナタみたいな筋金入りの変態だと思うなよ」
「俺もぶっちゃけ普通のエロには興味ないから大丈夫だぜ、カガリ!」
カガリに対しサラッと呼び捨てをかましたイチヤは、隣の椅子に座ってカガリのパソコンを操作し始めた。
「どうせ秘蔵フォルダがあるんだろ〜?ほれ見せてみ?」
「どうやって探すの?」
ちっちっち、とイチヤはわざとらしく言って操作する。
「こういうのって性格出るよなあ。それを分かってれば、探すのは簡単だぜっ!!」
Enterボタンをタンっ、と押してイチヤはフォルダを開いた。フォルダ名は、『学習用』だった。
「さて何を学習するんでしょうねぇ??」
「マジでやめてくれ……」
イチヤが調子よく動画を次々再生していく。カナタにとってはただの植物の倍速再生動画だが、カガリはいたたまれなくなったのかラボから逃げ出した。
「植物の共通点は……一年草の、種が小さいやつってとこかな。花の色や花びらの形にはあんまりこだわらないのかぁ」
「そこまで分かるの……?」
「俺生物は今年の学年1位だから!」
「私全然分からないや」
「いやあ、先輩の性癖探るのたーのしー!!」
「程々にね……」
といってもカガリは逃げ出してしまったので、イチヤはやりたい放題になってしまったのだが。
カガリを連れ戻すためにラボを出ると、カガリは廊下でうずくまっていた。
「もう終わりだ……」
「カガリ先輩……」
端正な顔立ちがぐちゃぐちゃになるくらい泣いているカガリ。
「まだ私とイチヤくんしか知りませんし、大丈夫ですよ!」
「そのイチヤにバレたのがまずいんだよ……」
たしかにイチヤは口もノリも軽い。だが聞き分けは良いほうだと思うのだが。
「まあ、私から口止めしておきますよ。戻りましょう、このままだと大変なことになってしまいます」
「それもそうか……」
カガリは涙を拭いて立ち上がり、ラボに戻った。
「あ、カガリ先輩」
「とりあえずそこのパソコン返してくれ」
「はーい……」
不満そうだが、イチヤはパソコンを渡しカガリに返した。
「フォルダの名前変えとこ……」
パソコンを隅で操作しているカガリ。そこにガラッと扉が開く音がした。
「やあやあみんな、やってるかい?」
「所長?」
カナタが声がしたほうを振り返ると、タオが土まみれで立っていた。
「なんだ3人か。ああ、でもちょうどよかった。カガリに見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「カガリの花壇からいいものが見つかってさ」
「え、いいもの!?」
カガリより先に飛びついたのはイチヤ。タオのほうに駆け寄ってキョロキョロとあたりを見回す。
カナタもそのいいものとやらが気になり、カガリを連れてタオのところへ行った。
「俺の花壇からいいものって……植物を植えてるだけですけど」
「いいものって何?埋蔵金?徳川埋蔵金?」
「埋蔵金ではないね」
「埋蔵金じゃないなら、MYゾーキン!?」
「これスルーで良い?」
カナタが頷くと、タオは話を続けた。
「いいもの……ものって言ったら怒られるかもね」
「一体なんなんですか?」
タオはにっこり笑い、耳を疑うような
「我が校の生徒会長、泉谷ユノが埋まってたんだ」
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