おやすみ映画館
四谷軒
ドラえもんの映画館
……雪が降る。
その中を、母と二人で歩いた。
行き先は──映画館。
街の映画館に、生まれて初めて映画を観に行くことになり、白い雪の中、私は寒さをものともせず、歩いて行った。
実際、雪が降ったかどうかは、覚えていない。
生まれて二回目か三回目かもしれない。
ただ、観た映画は覚えている。
「ドラえもん」だ。
*
都内──世田谷に生まれ育った私にとって、映画とは、街の映画館で観るものだった。
というのも、都会の出身だと気取るわけではなく、私は普通の街に生まれ育った。
世間一般で抱く世田谷のイメージは、成城あたりの「お金持ち」の住むエリアであって、そうではない私や級友たちは、むしろ普通の街ばかりだと思っていた。
さて、話を映画館に戻そう。
さんざん「普通の街」とアピールしているわりには、実は映画館が街にあるという、ちょっと普通じゃない街に、私は生まれ育った。
といっても、地図の町名はちがう町だったので、実際にその映画館のある下高井戸に住んでいる級友からは、「お前はちがうだろ」と言われた。
その映画館──下高井戸シネマ。
現在ではそういう名前の映画館だが、母に聞いたり調べたりすると、むかしは京王下高井戸東映といって、木造平屋建てだったらしい。
それが、いつの間にか綺麗な建物になって、下高井戸シネマという名前になったらしい。
しかし私や弟に言わせると、この映画館は「ドラえもんの映画館」で通じる。
先の級友もそうである。
この辺の子どもたちはみんな、この映画館で「ドラえもん」の映画を観た。
小さい頃は、世田谷線という(一部)路面電車──当時は緑色の外装に、内装は飴色をした木造の床や窓枠をした電車、通称「チンチン電車」──に乗って、終点の下高井戸にある、この「ドラえもんの映画館」に行ったものだ。
*
そんなローカルで小規模の映画館なので、経営の危機を迎えることがあった。
「ドラえもんの映画館」は、気がついたら、いつの間にか京王からちがう会社の傘下に入っていた。
ところがその会社がある日、映画館を「手放す」と言いだしたらしい。
らしい、というのは――母や弟、先の級友からうわさとして聞いた程度であったからだ。
「えっ、ドラえもんの映画館、おやすみするの?」
そうやって問い返すが、飽くまでもうわさであって、映画館のスタッフでもない、ただの住民の立場からすると、それ以上、何も知りようがなかった。
……ここで私や級友たちが立ち上がれば、何らかのドラマがあって、エッセイとしても光る展開になるだろうけど、そんなことはなかった。
何しろ、まだ子どもというか学生の身分である。愛読していた「ズッコケ三人組」や「僕らの七日間戦争」みたいな真似ができれば良いのだけれど、現実の学生は、そんなことはできない。
何と言っても圧倒的に塾が――勉強が忙しく、そういう暇がない。
「ドラえもんの映画館、おやすみでさびしいけど、しかたないよね」
だから、そういう台詞でうわさ話は締めくくられていた。
それに、学生の私でも、街の映画館よりも、繁華街の映画館の方が有利であることぐらいわかる。大きい劇場が多いから大画面で観られるし、映画を観たあとに、食事やボーリング、ゲームなどといった楽しみもある。
……これでは、どう考えても街の映画館の存続は難しいだろうと思っていた。
ところが。
*
「ドラえもんの映画館、おやすみしないんだって」
何と、下高井戸シネマは、おやすみするといわれていたその日を過ぎても興行を――上映をつづけていた。
しかも、「ドラえもん」の映画の上映を。
母や級友たちにあとで聞いた話によると、映画館のスタッフの方々が会社を興し、映画館をつづけることができたという。
さらに詳しく聞くと(また、現在の私が補足すると)、商店街の人たちがお金を出したり、自治体も低利の融資を周旋したりして、何とか映画館のオーナーの不動業者に、賃料を払えるようになったとのことである。
「すごい」
この時、素直に感動した。
スタッフの人たちや、商店街の人たちの努力というか、思いというか、そういうのがかたちになるというか、つづいていくということが素晴らしいと思った。
かくして私は、さすがに「ドラえもん」を観ることは無かったけど、見のがした映画や、気になる映画を、「ドラえもんの映画館」で愉しむことができた。
一方で、渋谷の東急文化会館が――パンテオンや渋谷東急が――
あれほど大きな映画館だったのに、
都民からすると、文化や娯楽の象徴的な存在だっただけに、それは衝撃だった。
同時に、生き残った「ドラえもんの映画館」の凄さを改めて感じるのだった。
そして時が流れ、私も実家を出ることになり、さすがに「ドラえもんの映画館」に行くことは無くなった。
……が、この話はまだつづくのである。
*
「えっ、ドラえもんの映画館、おやすみするの?」
何だか同じ台詞で申し訳ない。
しかしこれはエッセイであって、小説ではないので、特にループしているわけでもない。
実は、この国がコロナ禍におおわれた頃、外出規制の流れから、「ドラえもんの映画館」が、またおやすみになるという危機を迎えていた。
外出規制があるので、実家に行くことは無かったが、母や弟から、電話やメールでその話を知った。
そしてまた、しょうがないと思った。
コロナ禍ということもあり、家にひきこもって、インターネットの動画で、かつて観た「ドラえもん」の映画を鑑賞していたので、そういうネット配信に押されたのだろうと思った。また、コロナ禍が収まったとしても、もっと大きなシネマコンプレックスに押されてしまうだろう──と。
ところが。
「ドラえもんの映画館、おやすみしないんだって」
またしても、「ドラえもん」の映画館は生き残った。
何と、クラウドファンディングを活用して、存続に成功したらしい。
しかも、昨年の「出没! アド街ック天国」で下高井戸が特集された時も、見事五位にランクインしていた。
「すごいなあ」
ちょうど今、「ドラえもん」を観ていると、オープニングアニメーションが、これまでの映画からチョイスしたもので構成されていた。
映画四十五周年ということらしい。
観ていると懐かしくなったので、今回、こういうエッセイを書こうと決めた。
「ドラえもんの映画館」──初めて「ドラえもん」の映画を観た映画館が、今日も休むことなく上映をつづけていることを
【了】
おやすみ映画館 四谷軒 @gyro
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