3話 宙を舞う

それから報道のとおり、1年後に隕石が月に衝突した。

東京では満月のときで、夜空に大きな火花が飛び散ったように見えたの。

それから、月の軌道は楕円となり、すごい速さで地球をかすめて飛んでいくようになった。


月が通り過ぎると、そのエリアは建物だけじゃなく、山も川もすべてが荒野となった。

荒れ地に成り果てたパリの映像がテレビに映ると、次は日本だと誰もが恐れた。


月が通り過ぎていないときも、海の満ち引きの差は激しくなり、気候は荒れた。

暴風雨が吹き荒れ、いつもスーパータイフーンという感じで、外で立ってはいられない。

河川は氾濫し、多くの家が流されていった。


そして、4日に1回ぐらい月は轟音をたて通り過ぎ、地球を荒れ地に変えていく。

通り過ぎるときは、月が空の半分を覆うように大きく、慈悲とかは全くない。

荒野とならなくても、平穏な地球はもう、どこにもなかった。


そんな中、東京の人々は、これはあの魔女のせいだと言い出したの。

私が、人間を滅ぼそうとしているんだって。そんなわけないでしょう。

平安時代の陰陽師じゃないのよ。科学の時代に、それぐらい分かるでしょう。


そして、私を魔女だといって暴徒が私の家に押し寄せた。

家の前には、あの元、経団連会長だったおじいさんがいた。


「ここにいる女は魔女だ。この前も、TVの前で老婆を殺して笑っていた。今回の月の件も、この魔女が引き起こしたんだ。なんたって、人を殺してもなにも思わないやつなんだから。俺達の手で、この魔女を殺そう。」

「おー。」


あのおじいさんに、私はそんな悪いことしたかしら。

失脚したのは、自分が不正をしたせい。逆恨みされても困るわ。


でも、おじいさんの掛け声を受け、私の家の前で、怒号がうねりに変わっていった。


「私は、なにも悪くない。先日も、老婆が私を包丁で刺したから。こんなことをされて黙っていなければいけないの? 私のせいじゃないのよ。」

「騙されるな。あんな健気な顔をしていながら、心のなかでは俺達をどう殺そうかと楽しみにしてるんだ。だって、老婆を刺殺した時に、平民は自分の前にひれ伏せろと言ってたじゃないか。」

「魔女は殺せ、魔女は殺せ。」


否定する私の声は、怒号の前にかき消された。

もう、この暴徒を抑えることはできない。

みんな、目の色が変わり、冷静さを失っている。


そして、誰かが、私の家にガソリンをまき、火をつけた。

火はあっという間に私の家中を囲み、人々はその火を見守っていた。

これで、魔女はいなくなり、もとの生活に戻れると笑顔があふれた。


でも、焼き尽くされた残骸から平然と歩いて出てきた私を見て、誰もが恐怖に凍りついた。

それを見たときには、周りの人々の顔から笑顔は消え、悲鳴も聞こえた。

やっぱり、あの女は魔女だったんだと。人々は、恐れ、逃げ出した。


「私はなにも悪くないのに・・・。」


私は、服が焼けてしまったので、横の家からスエットを借りて街を歩いていた。

私が近づくと、みんなは悲鳴をあげて逃げていく。誰もが私を嫌いなのね。

でも、死にたくても死ねない。私も苦しいの。

また、災害は私のせいじゃない。


それなのに、暴徒は私をとらえ、柱に手足を縛りつけた。

横を見ると、私のような女性が20人ぐらい柱に縛り付けられている。


「私は魔女じゃない。助けて。」

「魔女はみんなそう嘘をつくんだよ。お前たちが地球を壊して、俺達を殺そうとしてるんだろう。もうやめて、俺達を助けてくれ。」

「そんなことしていない。間違いなのよ。」


私以外の女性たちは、悲鳴をあげ、助けを求めていたけど、誰も聞いていなかった。

だいたい20歳ぐらいの女性ばかり。

あの薬を飲んだ人は、まだいたようね。


その時、私に大きな杭を何回も打ち付けた。

痛い。痛い。傷は治るけど、痛みは感じるのよ。やめて。


横を見ると、柱に縛られた女性たちにもみんな杭が打たれている。

ただ、どの女性たちも血を吐いて死んでいった。


「あなた達、こんなひどいことをして何も思わないの。横の女性たち、みんな死んだじゃないの。私と同じ魔女じゃなかったのよ。あなた達こそが鬼じゃないの。」


でも、もう暴徒を抑えることはできなかった。

私の服は血だらけになり、それから2週間、野ざらしにされた。


そして、大勢がそこに集まり、私を捧げるから災害から守ってくれとお祈りを始めた。

何千人という人が、私を中心にひれ伏し、お祈りを捧げている。

そんなことしても、月の軌道は変わらないということがわからないの。


そのうち、私を焼き始める人もでてきた。

裸の女性を杭に打ち付け、下から焼き付ける。

それを囲み、何千人という人がお祈りを捧げる。

こんな異様な風景が2週間も続いた。


ふと、空を見上げると、空の半分にもなる月が落ちてくる。

私の周りにいた人々はもう誰もいない。風に飛ばされ、水に流され、死に絶えたみたい。

私を押さえつけていた柱も炭となり、私を縛るものはもうなかった。

私は、わずかに残ったコンクリートの壁を背に、足を手でかかえ小さく丸まっていた。


月の引力のせいかしら、暴風雨は更に威力を増し、西の方に月は衝突した。

そして、その衝撃は地球全体に及び、地球は火につつまれる。

そして、わずかに生き残っていた人類も死に絶えた。

人類、そして地球の最後・・・。


私は、服は焼かれ、傷1つない美しい裸体として、今も宇宙をさまよい続けている。

息はできず、なにもかもが凍り付く世界。

苦痛に耐えながら私の時間は終わらない・・・。


よく明けない夜はないと聞くけど、それは地球にいるから。

今は、ずっと夜は明けないし、先にある太陽は徐々に近づいてきている。


結局、あの不幸の薬のせいね。

あの時、みんなと一緒に死んでいればよかった。


この苦痛はいつまで続くのかしら。

目の前には、大きな太陽が炎を揺らして近づいてくる。


それから数百年後、私は太陽のコロナの中にいた。

私は、業火に焼かれ、死ぬこともできずに地獄を超える苦しみを永遠に感じて。

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宙を舞う女の裸体 一宮 沙耶 @saya_love

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