第41話 浮遊感
浮遊感を感じた直後、そのまま身体は落下していく。下は真っ暗闇で、闇に飲み込まれていく感覚だ。
大きく口を開けた黒い魔物に飲み込まれ、なす術はない状況だ。
手を伸ばしても、同じように落下をするフロストには届かない。
胸に抱いた本が飛んで行かないようにするのに、一生懸命になってしまう。片手だけでは心配で、フロストに伸ばした手を戻して本を押さえた。
「フロスト! ど、どうする?」
「落ち切った先で考えるしかない」
「飛んでみる、とかは?」
「この落ちる速度に勝てるだけ、上に飛び上がるのは不可能だ」
フロストの言う通り。頬を切るほどの風を感じる。相当な速さで下に落ちている証拠で間違いないだろう。
なんとか魔法を使えた、に近い私はもっての外だと言うのは理解できる。
この速さで落ちているのにも関わらず、会話を余裕で交わせる。ただ風をしたから煽られているだけなのでは。とさえ思えてくる。そんな長さを下に落ちていく。
足元で開いたはずの地面は、すでにかなり上にある。そこから差し込む光が、どんどん小さくなっていく。
それが、落ちているのだと実感させられる。
フロストの方が重さがあるためか、私の下にいた。更に離れていきそうで、少し不安さを覚えた。
額にたらりと汗が滲む。
「フロスト、離れていかないで!」
耳を横切る風の音が大きくて、自然と声のボリュームも上がる。彼はもう暗闇に飲まれているのか、姿がほぼ見えないに等しくなっている。
返事も返ってこず、目から涙が出てきてしまいそうになった。
――きっと大丈夫!
「フロスト、そこにいるよね!?」
私は諦めずに、フロストに声をかける。やはり返事は返ってこない。目を瞑って、自分自身に「大丈夫だ」と言い聞かせた。
ピタリと、浮遊感が止まった。風を切るような音も聞こえて来なくなり、代わりに耳元で一定にリズムを刻む心臓の音が聞こえてくる。
冷たい風で凍えている頬に、柔らかな暖かさを感じた。
「下に落ち切ったみたいだ」
フロストの声が頭上から降ってきて、ようやく目を開ける。すると、私は彼に抱き寄せられているようだ。
上から落ちてきたのを助けてくれたようで、ぶつけないために助けてくれている。
――これで、2回目!?
「ありがとう」
頬に熱が集まる感覚を感じつつも、フロストにおろしてもらうのをじっと待った。普段の距離よりもグッと近くて、彼の顔をしっかりと視界に捉えられない。
先ほどまで真っ暗だったこの落ちた場所は、小さな光で照らされていた。その光は私の後ろで揺れている。
視界の端で、フロストの優しい笑顔が冷たい光が表情に灯る。身動きはとれないので、フロストが向けた先に私も目だけ追おうとした。
「
言葉と共に私の視界は、フロストの服で目の前を埋め尽くす。何もわからないまま、抱き止められた状態でいるのだ。
光はあったものの、小さくて役に立ちそうになさそうだ。そんな程度の光なので、視線にフロストが敵視したものを捉えられたかはわからない。
「
さらにぎゅっと抱き寄せられたが、そのおかげで腕の隙間から前が見える様になった。光魔法で辺りの明るさが増したからか、先ほどよりもよく見える様になっていた。
クリーム色のほわほわした生き物がジャンプをしていたのを確認できた。
――何あれ!?
「
ふわふわとした見た目で、毛玉の塊のように見える。ほわっと効果音でもつきそうな見た目の生き物が、飛び跳ねて周りを光魔法で照らしてくれていた。
見た目と使っている魔法で、どうにも悪い生き物には思えない。
「
ずっと光魔法を唱えながら、飛び跳ねている。戦闘モードになったフロストも、気がつけば氷の剣は仕舞われている。
「あれは、低ランクの魔物だ」
「魔物!? あんな可愛い生き物が!」
私の声に反応をした魔物がこちらを向く。ほわっと浮かび上がり、私たちを見下ろす。
クリーム色の毛に、薄いピンクのクチバシ。可愛らしさ全開の魔物だった。
「ワタシは、ラディ。無害ですカラ……ワタシ、何もできマセン、カラ」
辿々しい日本語で、自分の無害さをアピールしてきた。上から見下ろしているが、フォルムが可愛くて圧力なんて皆無だ。
ピンク色のクチバシを、バシバシと音を鳴らしながら喋った。クチバシの当たる音を掻き消すほどの声量で、無害だと主張している。
それがなんだか、必死さを感じさせられた。
――うん。悪い子じゃなさそう!
「太陽の妖精の名前はなんだ?」
「ワタシ、ラディ」
「お前の名前じゃない」
ピンクのクチバシをパクパクさせるだけで、答えは返ってこなくなった。
次の更新予定
2025年1月11日 17:00 毎日 17:00
妖精と逆転送、魔王さま!? 白崎なな @shirasaki_nana
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