02

 王都周りの壁を、本当に箒で飛びながら、通り抜ける。

 数人がこちらを見上げていたが、特に気にした様子がないのは、もはやいつもの事なのだろう。


「お、おい! ふたりで行くのか!? 騎士たちがくるって話だろ! 待たなくていいのか?」

「いつものことだ」


 それはどうなんだ?


「お前は、適当に祈ってる振りでもしとけ」

「……言っとくけど、俺は戦えないからな」


 正直、俺より、イザベラの方が強い。

 ひとりで世界を巡る旅をするのだから、弱い方がおかしい。


 その上、だまし討ちが基本のドッペルゲンガーに、戦闘力なんてあるわけがない。


「心配するな。魔獣程度、どうにでもなる」

「ならいいけど……」


 だが、意外にも、戦わないことに、案外あっさりと了承されてしまった。


 城に住めるくらいなのだから、クリミナも強いのだろうか。

 イザベラは、特に戦闘力については言っていなかったが、魔獣は倒せるくらいの実力はあるのだろう。


「さて、魔獣はどこかな?」


 木よりも背の低い魔獣は、森の中で暴れていないのなら、見つけにくい。

 仕方なく、地面に降りて探していれば、ふと感じた何かに、振り返る。


 何もいない。


 またクリミナの方へ向き直った直後、頭上から降ってきたその影は、自分とクリミナの間に着地した。


「ひとりで先行は危険だ。灰被りの君」

「うわっ!?」


 自分の身長の半分ほどの背丈に、艶のある柔らかな体毛に覆われた体。

 聖国騎士団の制服を着た、ケット・シーだ。


「?」


 俺の驚いた声に、黄色の瞳がこちらに向き、慌てて口を閉じる。

 寝ている時と同じくらい、驚いた時というのは、素が出やすい。


 慌てて閉じた口を柔らかく持ち上げ、イザベラを繕う。


「ちょうどよかった。シエル。要請のあった魔獣を後ろの騎士共が来る前に、とっとと片付けたい」

「んむ……? 承知した」


 少し引っかかる言い方だったが、シエルと呼ばれたケット・シーは、クリミナの言葉に、不思議そうな声を出したが、二つ返事に承諾した。


 聖国騎士団の中で、クリミナがどういう立場なのかはわからないが、救援要請が来たり、こんな雑な頼みを聞いてもらえるとは、相当偉い人なのかもしれない。


*****


 結論から言うと、このケット・シー、めちゃくちゃ強い。


 魔獣を見つけるなり、「せいっ」の一言と剣の一振りで、片付けてしまった。

 まさに、瞬殺だ。


「これでよかったかな?」


 しかも、特に苦労した様子もなく、爽やかな笑顔をこちらへ向けている。

 外見だけではなく、中身も備わっているようだ。


「最高。それでなんだけど、こいつ、イザベラのドッペルゲンガーだから、誤魔化すの手伝って」

「「は?」」


 シエルの早業に感心している中、クリミナの予想外過ぎるカミングアウトに、俺とシエルは、何を言われたのか、一瞬理解が追い付かなかった。


 ドッペルゲンガーだってバラした?

 今?

 なんで?


 大量の無意味な疑問が頭を駆け巡るが、答えが出るはずもなく、シエルと共に、クリミナを見ながら、瞬くことしかできなかった。


「なんだ。ダメか? それなら――」

「ちがっ違う! 無論協力するとも! 灰被りの君の頼みを僕が断るはずがない! だが、その……すまない。さすがに順を追って説明してもらいたい」


 協力してくれるんだ。とか、こっちも気になることはあるが、クリミナに聞きたいことは、シエルとおおよそ同じだ。

 あまりに話が飛躍し過ぎてて、頭が追い付かない。


 シエルへ追随するように、後ろで頷けば、めんどくさそうに俺にも目を向けると、手短に説明してくれた。


「私一人で、誤魔化しきるのは難しい。だから、口の堅い協力者が欲しい。シエルは、その点申し分ないから、頼んでいる」

「ん゛……そうか。ありがとう」

「いや、ドッペルゲンガーの方が問題では?」


 困惑しながらも、照れくさそうに、帽子を少し下すシエルだが、おそらく一番問題なところが一切聞けていなくて、つい自分の事だがツッコんでしまった。


「お前は知ってるだろ」

「いや、俺じゃなくて! てか、人にもの頼む態度? それ」


 もう少し真剣な雰囲気作りとか、申し訳なさとか、あるだろ?

 一切感じない!

 これで、協力してくれるこの猫も猫だ。


 むしろ、この器が広いケット・シーのせいで、この魔女が、話を聞かないタイプになったのかもしれない。

 …………いや、それはないな。天性のものな気がする。


「気にする必要はない。偽りの黄金の君よ」

「あ、ドッペルです」

「ドッペル。私は、灰被りの君のためであれば、この魂、8つ使い果たす覚悟ができている。この程度の願い、些事だとも」


 世界を騙す行為を”些事”にするのか。この猫。


「しかし、それはそれとして、事情は聞きたいな」

「あ、よかった。その辺は普通なんだ」


 そこら辺まで、全部気にしないと言われてしまったら、もうそれは、この魔女がおかしな魔法で、真面目なケット・シーを騙したとしか思えない。

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3年間、聖女を偽ることになりました。ドッペルゲンガーです。 廿楽 亜久 @tudura

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