第4話 話の聞かない魔女

01

「アッハッハッハッ! そうかそうか。マリアーナを騙すために。なるほど。そいつは仕方ない」

「わ、笑い事じゃないんだが!」


 言い訳をするように、先日のマリアーナとの一件を正直に話せば、すごく笑われた。


 確かに、自分でも、一週間も経たずに奇跡をひとつ使うとは思ってなかったが。


「いや、でも、それはいい使い方をした。そこで臆していたら、今頃、お前の首は飛んでいるよ」


 笑い過ぎて溢れてきた涙を拭いながら言われても、全く嬉しくない。


「ンでェ!? 信用はしてくれたんだよな!?」

「あぁ、そりゃ、信じるさ。聖女見習いを騙す奇跡なんて、簡単にできるものじゃない」

「な、ならいいけど……」


 この人、苦手だ……


「では改めて、私は、クリミナ・モルペウス。お前は?」

「ドッペルだ」

「安直な名前だな」

「しょうがないだろ。元々、名前なんてない種族なんだ」


 イザベラに変装しているなら、それはイザベラに他ならない。

 名前なんて、本来必要としない種族だ。


「なるほど、道理だ」


 この名前だって、イザベラについていくと決めた時に、慌てて決めた名前だ。

 思い入れはない。


 置かれたカップの紅茶に、自分の情けない顔が映っている。


「……なぁ、お前は、イザベラの友達だったんだろ」

「友達、と呼ぶには、少し違和感を覚えるがな」


 そういえば、イタズラ仲間だとか言ってたっけ……


「イタズラ……! イタズラと来たか。アイツの厚顔っぷりも、そこまで来ると、聖女というより道化師だな」

「確かに、聖女っぽくないところは多かったけど……」


 底なしの善人。

 それが、惑いの森にいた頃の、聖女のイメージだ。


 だが、実際に現れた聖女は、精霊樹へ案内させるために、人を惑わせて食ってる奴らが多いドッペルゲンガーに協力を仰いできた。

 しかも、私には効かないからと、自信満々に事実を語られた。


 その時に、怒った数人のドッペルゲンガーが、容赦なく召され、もはやあの時の言葉はお願いではなく、脅しだった。


「…………聖女って、みんな、あんなんなの?」

「いやぁ? みんな、あれだったら、世界はもっと変わってるよ」


 確かに。

 小さく笑って、紅茶を半分ほど、一気に煽る。


「……さて、君の思い出話は気になる所だが、それよりも、君は覚えないといけないことが山ほどある」


 クリミナの言葉に、傾けていた紅茶の水面が大きく揺れた。


 そう。今までは、どうにか誤魔化していたが、この国やイザベラの交流関係を、俺は知らない。

 世界の英雄として、衆目を集める状況で、その問題は、大問題だ。


 小さな疑念ひとつで、世界の英雄から、世界の英雄を殺した張本人に変わりかねない。


 今はとにかく情報がいる。本来、イザベラが持っていたはずの情報が。


「そうだな。まずは――――」


 クリミナの言葉を遮るように、荒々しく叩かれる扉の音に、つい肩を震わせてしまう。


 後日聞いた話だが、あの部屋の近くは、そもそも騎士以外は入り口を認知できないようになっており、扉についても、許可をしなければ、部屋の中に招き入れられないらしい。

 つまり、本当に最初から、クリミナは俺の存在に気づいていて、招く気満々だったということだ。


「クリミナ様! 救援要請です!」


 王都近くの森で、瘴気に侵された魔獣が暴れており、退治を依頼しに来たらしい。


「あーそれは大変だー」


 ものすごい棒読み……


 声はとてもやる気が無さそうだが、ふと合った視線。イヤな予感しかしない。


「運がいいな。ここに、ちょうどよく聖女様がおられる。我々は、先行して、その魔獣を退治してこようじゃないか」

「は……?」


 何を言ってるんだ!?


 否定しようにも、扉のすぐ向こう側に騎士がいるのでは、下手な声を上げられない。

 睨むことしかできないが、クリミナはしたり顔に笑いながら、腰を上げた。


「承知しました! 我々も、すぐに隊を派遣致します!」


 すぐに遠くに走っていく足音が消えるのも待たない間に、クリミナは窓を開けていた。


「ほらいくぞー」

「は、いや……はぁ!?」

「壁の向こうまでは、箒で連れて行ってやるよ。検問とかめんどくさいんだ」


 ちょっとだけ、イザベラが悪友と言っていた意味を理解できた気がする。

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