02
ただ挨拶をされただけだ。
たったそれだけで、俺は首元にナイフを突き立てられたような感覚に陥る。
イザベラには、頼れと言われたクリミナだが、結界の張り巡らされた部屋の中で、微笑み投げかけられた先程の言葉は『お前の正体を知っている』という警告に他ならない。
逃げる?
不可能だ。格が違い過ぎる。
悩む俺を尻目に、クリミナは小さく笑うと、肘をついた。
「そんなに怯えなくていい。なに、マリアーナが10日前に教会の裏で、ひとり泣いてな。見つけたやつが、血相を変えて、この部屋に連れてきたことがあってな。
その時に言っていたんだ。『イザベラが、大量の花に囲まれる夢を見た』ってな」
10日前。
ちょうど、イザベラが死んだ日だ。
棺いっぱいに、花を敷き詰めて、彼女を寝かせた。
「他の人間ならまだしも、その夢を見たのが、聖女見習いの、しかも妹ときた。これを、ただの夢だと一蹴するなら、そいつは相当お気楽だ」
マリアーナも、きっと気付いていた。
さすがに、その啓示の意味もわからなければ、聖女見習いではない。
「仮に、マリアーナがその夢を見た日。それが、イザベラの死んだ日とする。それから数日、現れたイザベラとそっくりななにか」
そんな夢を見ていたのなら、最初から疑われても仕方ない。
「調べるに値すると思わないか?」
それどころか、国に入ったところで、殺されなかったのが、もう奇跡だろう。
彼女たちにとっては、友人の死を偽り、英雄として戻ってきたなにか。
今まで泳がされていただけで、この状況は完全に詰んでいる。
「………………冗談だ。いや、冗談ではないが。とにかく、敵意がないとだけ思ってくれればいい」
諦める俺に、少しだけ困ったように掛けられる言葉に、少しだけ眉を潜めた。
今の言葉のどこに敵意のなさがあったのだろうか。
「本当だ。信じてもらえるかはわからないが、私は、イザベラが生きて帰ってくるとは思っていなかった」
「!!!!」
気が付けば、淡々と述べるクリミナの胸ぐらを掴んでいた。
イザベラは友人だと言っていた。そいつが、死ぬと思って、旅に送り出したと。
許せるわけがない。
「そういう旅なんだよ。あの巡礼とやらは」
「でも……!!」
確かに、今までだって、何人もの聖女が命を落としている。
だから、イザベラだけが特別だなんて、誰もが信じてはいたけど、誰もが絶対だとは思っていなかった。
「友達なんだろ!? だったら……!!」
「巡礼を成功させるとは、信じていたよ」
「ぇ……」
「過去の文献を漁ったところで、巡礼を成功させた聖女は、巡礼後、間もなく命を落としている」
だから、例え成功させても、イザベラと再会はほぼ不可能だと思っていた。
ただそれだけだと、相変わらず淡々と答えるクリミナは、力の抜けていた俺の手を退かすと、じっと俺のことを見上げる。
「それに今、私にとって大切なのは、イザベラそっくりなお前の存在だ。お前は、なんだ?」
そう言われて、今更ながら、初対面にも関わらず、お互いに全く自己紹介をしていないことに気が付いた。
いや、この人、気付いているんじゃないか……?
そう思いながらも、自分は、イザベラが巡礼の旅の途中で出会ったドッペルゲンガーであること、マリアーナが成人するまで、イザベラの振りをするように頼まれたこと、クリミナに協力を仰げと言われていることを伝えた。
「信用すると?」
そりゃそうだ。
イザベラの名前を出して、偽っている可能性は大いにある。
何かイザベラに頼まれたことを証明できる確たる証拠……
「じゃあ、この刻印を見てくれ! イザベラが最後に残した、3つの奇跡だ!」
右鎖骨下辺りに刻まれた、イザベラの残した3つの奇跡。
これは、聖女であるイザベラ以外にはできない、確固たる証拠になるはずだ。
「聖女が使うよりも、ずっと質は落ちるけど、それでも奇跡を使うことができるのは、聖女の証だろ」
「2つしか見えないが」
「…………ぁ」
そうだ。マリアーナに使ったんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます