閑話⑤ 老宰相はほぞを嚙む

「……だから、メディア王女はシヴァ王子の来国を存じ上げていたのだ」


 アルバートはデュマンとシヴァを会場から連れ出すと、カフェテリアでの貴族達の談合の一件について説明した。


「演習や軍縮の件まで……そんな重大事を街中でべらべらと語り合う馬鹿者がいたのですか」


 デュマンの眉間に皺が寄る。宮廷内の機密が他国にだだ漏れになっているのだから、宰相として頭の痛いところだ。


「貴族達の綱紀粛正を図るのが急務だな」

「殿下のご指摘はごもっともですが……」


 デュマンの鷹のような目が、さらに鋭さを増してアルバートを射すくめた。


「どうして殿下はカザリアの王女と街へ?」


 デュマンの口調も刺々しい。明らかにメディアに肩入れをするアルバートに悪感情を抱いている。


「私はただ王女を案内しただけだが?」


 だが、デュマンの不満を分かっていながら、アルバートは涼しく流す。


「かの王女はギルス殿下の伴侶となる身です。軽率ではありませんか」

「仕方があるまい。私の配下に王都出身者で適任の者がいないのだから」


 苛立ちデュマンが非難を口にしたが、数々の戦場を渡り歩いてきたアルバートの胆力は、その程度では揺るぎもしない。


「王女も王女だ。何故アルバート殿下にお頼みしたのか」


 のらりくらりとかわすアルバートの態度に業を煮やし、デュマンは矛先をメディアへと向けた。


「ロオカに来て男漁りとは、噂通りの好色な悪女らしい」

「口が過ぎるぞ、デュマン!」


 しかし、メディアへの侮辱に、アルバートの表情が険しくなる。アルバートの怒声に、デュマンも大国の王女への暴言を悟った。だが、既に遅くアルバートの怒りがデュマンにぶつけられる。


「メディア王女は始めギルスを頼んだが、けんもほろろに断られたそうだぞ。それは陛下やデュマン、貴様も同じだそうだな」


 違うか?と詰問されれば、デュマンはたじろいだ。それについてデュマンには心当たりがある。先日、メディアから先触れが来たが、内容も聞かずに使者を追い返したのだ。


「わ、私も陛下も忙しい身なれば」

「案内人一人も手配できぬほどにか?」


 今度はアルバートから逆に鋭い眼光で射すくめられ、デュマンがそわそわする。


「我が国の宰相がそこまで無能だったとはな」

「殿下とはいえ、それは口が過ぎますぞ!」


 侮辱されデュマンが激昂したが、アルバートは冷ややかな目で蔑んだ。清廉なアルバートには珍しい。それほどデュマンに対し怒っているのだ。


「それは済まなかったな。確かに宰相殿は忙しかったようだ」


 言葉をなぞればデュマンの言い分を入れたように聞こえるが、アルバートの口調には侮蔑の色が濃い。


「サメルーンとの同盟と軍縮について、我らに通達を忘れるくらいなのだからな」

「そ、それは……」


 デュマンの目が泳ぐ。


 南方面の軍略について南方軍の首脳に未通知だったのだ。これについては言い訳ができない。


「まあ、これからは重要な国策は王都のカフェテリアで確認するさ」


 痛烈な批判。アルバートの皮肉には、中央の貴族に苦しめられてきた南方方面の軍部の怒りが篭められている。


「それについては申し開きのしようもございません」


 アルバートの怒気に、デュマンの全身から嫌な汗が吹き出す。目の前が真っ白になったが、デュマンはなんとか気持ちを立て直した。


「ですが、そのような国家の恥部を他国の王子の前で言わずとも」


 デュマンはちらりとシヴァを一瞥した。すぐにアルバートへと視線を戻したが、その目は剣呑な光を灯している。


「このような内容を話すなら、どうしてシヴァ殿下までお連れしたのです」

「サメルーンとの軍事演習や同盟の件も絡むからな。シヴァ王子にも関係があると考えたからだ」


 アルバートはもっともらしく理由を述べた。が、実際はメディアを口説くシヴァを見て、この男を彼女と二人っきりにさせたくなかったからである。


「それにどうせ、サメルーンはとっくの昔に知っていただろう?」

「まあ、当然ですね」


 話を振られてシヴァは肩をすくめた。


「……と言うより、周辺諸国で知らぬ者はいませんよ」

「お陰で軍の動向も他国に全て筒抜けになり、苦戦を強いられ続けていた」

「それは……」


 怨のこもった視線をアルバートから向けられ、デュマンは後ろめたさから言い淀んだ。


 ここ最近、南方での諍いで、アルバートの軍が少なくない被害を出している。負けこそないが、それを看過できないと宮廷内でも問題視された。


 そこで、今回のサメルーンとの同盟締結と軍部縮小の草案が国王に提出されたのである。


 しかし、これは何のことはない。南方の獅子公と呼ばれるほど名声にあるアルバートを妬んでの讒言ざんげんである。


 ところが、驚いたことにロオカ国王ジョルジュはこれを受理した。王弟の彼に人気と人望、そして武力が集中するのを嫌ったからである。このアルバート勢力を切り崩そうとする動きに、デュマンも一枚絡んでいた。


「それなのに、被害の責任を軍部に押し付け、内緒で軍縮しようとはな」

「しかも、味方には秘密にしていても、トフロン王国とライン王国には筒抜けなんだからお笑いだ」

「……」


 アルバートに詰られ、シヴァには嘲笑され、デュマンはほぞを噛んだ。だが、言い返すことができない。原因を自分達で作っていたのだから、かなり間抜けな話である。デュマンとしてもばつが悪い。


 かつての名宰相も老いて精彩を欠いたようであった。

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2025年1月10日 20:45
2025年1月11日 20:45

異国の廃棄王女 古芭白 あきら @1922428

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