第43話 漢、決心を宣言(方向違いあり)

 剣と呼ぶにはあまり剣身は厚く、斬るというより薙ぎ倒すようだ。


 巨漢のユリウスとほぼ同寸とする大剣が振るうさまを、そう口伝した者がいた。それが世間に流布するほど、印象として言い得ていた。


 人を斬れば斬るほど、切れ味は落ちていく。

 戦闘を続けていけば不利なる剣という武器だ。


 だがユリウスの大剣は違う。

 切れを失っても、殴りつける機能が残っている。斬れなくても、ぶっ叩くだけで倒せる。

 一人で百人を超える敵兵を打ち破れることを可能とす。


 今まさしく、それを実践していた。


 ドラゴ部族迎撃に派兵された帝国第十三騎兵団。加勢として雇われた傭兵のうち、プリムラの暗殺を目的とした連中が後方隊左翼に紛れ込んでいた。暗殺を請け負っていた者は傭兵部隊のごく一部だ。それでも百は下らない。


 味方陣営の前方は龍人りゅうじん兵と交戦中であり、右翼は援兵を装った敵襲を受けている。

 プリムラの守護へ回せる騎兵が追いつかない。

 けれども必要か、と問われれば、一人で大丈夫かもしれない、と誰でも回答しそうだ。

 それだけユリウスの勇戦は際立っていた。


 プリムラにすれば初めて会ったあの日の記憶を鮮やかに再現された感がある。

 ぽっと頬へ赤みがさしてしまう。苦境も忘れて、ステキ……、とうっとり口にしているくらいだ。

 剣を振りかざした傭兵が迫っていることに気づかない。

 ユリウスの焦慮を刻む形相を向けられて、ようやく事態に気づく。

 もう間に合わない、死が目前にあった。

 逃れられない、とプリムラは静かに瞼を降ろす。


「諦めるな、と言っただろう。プリムラ」


 暗い闇の中に射す一条の光りそのものとする声がする。


「あ、はい」とプリムラが開ければ、さらに瞳が広がっていく。

 振りかざされた剣は振り降ろされていた。

 斬っていた。自分をかばう大きな婚約者を。


 しかし声一つ立てずユリウスは振り向きざまに、相手を斬り捨てていた。


 プリムラの目前に大きな背中があった。ざっくり裂け目が走っている。流血が止まない。すみれ色の瞳に涙が溢れ、泣きながら訊く。


「これはわたくしの、このプリムラのせいですね。ユリウスさまの血が……血が止まりません」


 涙声に、はっはっは! と高笑いが返ってきた。ユリウスは、前を向いたまま何事もないかのように言う。


「プリムラ、俺がこの程度で死ぬと思うか」


 思いません、とプリムラは即答していた。みるみる涙も引いていく。


 それに応じるユリウスの声が遅れた理由は大剣が振られたからである。向かってきた相手へ刃の一閃を放った後に続ける。


「俺はプリムラが用意した白き騎士服を死装束するつもりはないぞ」

「もしかして……ユリウスさまにはお見通しだったりしますか」  

「わかっていたというほどのものではないな。ただ今回プリムラを連れてきたのは、戦う俺の姿を見て判断して欲しかった。死と隣り合わせで生きる俺と一緒にいられるかどうか決めてもらおうと思っていたんだ。でもその考えは間違っていた」


 間違い? とプリムラは不思議そうに訊く。


 返答より先だ。ユリウスが持つ大剣はまたもや踊る。相手は複数だ。血飛沫に身体が砕ける鈍い音が立つ。暗殺の依頼を受けていた傭兵たちはここが勝負所と見たのだろう。怯まずなお向かってくる。


 背にプリムラをかばうユリウスは普段になく刃を受けた。おかげでプリムラは血を浴びるも傷一つ負わない。

 だからこそだ。

 ユリウスさま……、と再び目頭まで上がってくる熱いのまま、衝動的に彼の左手を両手で取っていた。

 すみません、とプリムラは慌てて手を離した。現在は戦いの最中だ。かばって剣を振っているユリウスの邪魔立てに等しい。動作も一瞬、止まったかのようだ。


 うおぉおおお! 雄叫びが響いた。


 プリムラも驚いたが、それ以上に敵兵がたじろいでいた。


「俺は、俺は幸せだぞー!」


 殺し合いの場に、とてもそぐわない喜色が溢れ返った。発する主はもちろんユリウスである。


「俺は生きる、婚約者と共に。プリムラ、俺は誓うぞ!」


 力強い漢の宣言を吼え放つ。


 ただ敵へ向かってである。伝えるべき方向は、そちらではない。

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婚約破棄され続きの騎士は想いが重い王女の愛で進撃す! ふみんのゆめ @fumin-no-yume

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