6-2 まるであいつが食われるかのような
司が二人目を避難させる。
里村と魔物の周りに人はいなさそうだ。
「いいかな?」
里村が声をかけてくる。
美咲が「はい」と答えた。
「いったん魔力を最大まで補充したいから拘束を切る。一分ほどでいい。三人で魔物を相手して。倒してくれたらありがたいけれどまだなら大きな技を仕掛けるよ。僕の魔法は効いているから、完全に無力化できるはずだ」
一分以内に倒せなければ里村がより強い魔法で魔物を無力化する。
なんと頼もしい作戦だろう。
「俺は主に天野さんをカバーする。そっちは一人で大丈夫か?」
もう一人の男が司に問いかける。
「はい。なんとかします」
彼はいわゆる「タンク」かと司はうなずいた。
タンクとは防御主体の戦い方をする人をいう。敵の攻撃目標を自分にひきつけ、耐えることでパーティメンバーを守るのだ。
ならば早速とばかりに、里村は魔法の維持を解除して後ろへと下がる。
動けるようになった魔物が近くにいる司や美咲にツタを伸ばし、打ち付けてきた。
美咲への攻撃はタンク役の男――司は心の中でタンク氏と呼称した――がしっかりと引き受けている。
ツタをかわし、いなしながら司はほっと息をついた。
自分や仲間に向かう攻撃を刀で斬り払う。まずはこのツタを減らさなければおそらく弱点である頭部への攻撃ができないだろう。
魔物は口から消化液のようなものも吐き出してきた。床に落ちると、じゅぅ、と小さな音をたてる。建物を溶かすほどの威力はないようだが体にかかるとかなりダメージを負いそうだ。
魔力で自らの素早さをあげ、攻撃を避けながら隙を見て反撃する。
美咲もタンク氏に守られながら火炎弾を撃っている。攻撃力は高くなさそうだが花の魔物は煩わしそうにしている。
こちらに有利な状況だ。少なくとも一分は戦い切れる、うまくいけば相手の攻撃手段を封じてとどめを刺せる、と司は思っていた。きっと場所がここでなければ里村達の三人で楽に勝てた相手かもしれない。
だが、状況が一変した。
魔物がツタを司に伸ばした。司はこれをやすやすとかわしたのだが、魔物の狙いは司ではなかった。
司の斜め後ろにあったショーケースが破壊される。
その先にしゃがんだまま蒼の夜と同化していた人をツタにからめとり、持ち上げたのだ。
「あ!」
司だけでなく美咲達も驚きの声をあげる。まさかそんなところに人がいたとは思わなかった。捕まった女性はデパートの制服を着ている。接客の都合でか、ショーケース下の棚にある何かをとろうとしていたのかもしれない。
魔物は何らかの方法でそこに「餌」が転がっていると知り、掴み上げたのだ。
ためらいなどあるはずもなく、蔦は獲物を魔物の口へと運ぶ。
食べられる!
司の脳裏に浮かんだのは、魔物の犠牲になった栄一だ。
栄一が今まさに魔物に捕食されそうになっている場面を想像して、司は悲鳴に似た叫び声を上げた。
体は自然に動いていた。激情に突き動かされていた。
思い切り跳躍し、まさに今、魔物の口の中へと放り込まれそうになっている人を掴むツタを切断した。
魔物が怒りの声を上げた。
同時に、司の背中に熱い痛みが広がった。
「氷室くん! ――里村さん!」
「いけるか? 『拘束』……『昏睡』」
床に落ちた司は傷みで動けないまま、美咲と里村の声を聞いていた。
魔物の追撃がないということは、里村の魔法が効いたのだろう。
「とどめを」
「はい。『大火球』」
美咲の方にかろうじて目を向けると、彼女の銃から巨大な火球が飛び出したところだった。
魔物が焼かれ、断末魔の声をあげ、消えていく。
「氷室くん! 大丈夫?」
美咲が駆け寄ってきた。
「夜が晴れる」
少し緊張を含んだ里村の声と共に、周りの色が元に戻っていく。
「あれ? なんでこんなところに?」
避難させた人達から戸惑いの声がたくさん聞こえてくる。
「あ! 今朝の放送のっ」
鋭い声が聞こえた。
どこかの学校の制服姿の男女が里村を見ている。
「ってことは、蒼の夜……」
蒼の夜、というキーワードに反応するかのようにざわめきが大きくなった。
「こっちへ。……立てるか?」
里村に尋ねられて、美咲に助けられながら体を起こしていた司は無言でうなずいた。
蒼の夜の戦闘で負った怪我は蒼の夜が晴れると消える。だがそのダメージに応じた疲労は体に残る。
まるで体に錘を乗せられたかのようだが司は力を振り絞って立ちあがり、里村達と人目を避けるように移動した。
利用者がほぼいない階段の踊り場で、司は座り込んだ。
「あそこで動けるとか、すごいな」
タンク氏が司を褒めてくれる。
だが。
「犠牲者を出さないようにという考えは正しいが、あの場であの行動は正しかったとは言えないよ。むしろ無駄に傷を負いに行った形になった」
里村が厳しい声で言った。
「里村さん、そんな言い方……」
美咲がためらいがちに里村に抗議するが、里村はかぶりを振る。
「氷室くんが跳び込まなくても天野さんが撃とうとしていた。捕まった人を放させるにはそれで十分だった。……周りが見えていなかったのは、捕まった人に誰かを重ねて見ていたからか?」
胸がずきんとした。体がぶるりと震えるほどに。
心臓を掴まれたよう、というのは今のこの感覚をいうのだろう。
「里村さん!」
「大事なことだよ。パーティの連携を個人的感情で乱すのは悪手だ」
言われて、司は「すみません」とうなだれるしかできなかった。
「それと、君が無茶をして大変なことになったら、悲しむ人がいるということも忘れちゃいけないな」
里村の声に柔らかい響きが交じった。
最初に浮かんだのは心配そうに自分を見る母の顔だった。その表情に似た顔が目の前の美咲と重なる。
「里村さん、最初からそういえばいいのに。ツンデレ?」
心配顔だった美咲が里村に悪戯っぽい顔を向けた。
「そんなのじゃない。……送るよ」
前半は美咲を、後半は司を見て里村が言う。
「氷室くん、来てくれてありがとう」
美咲に礼を言われたが、里村の叱責が胸につかえたままの司は何も返せなかった。
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暁の剣士――熱き氷の刃(改稿版) 御剣ひかる @miturugihikaru
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