第二章(07) 望んでこんな風に生まれたわけではないのですが


 * * *



「それでは、よろしくお願いします」


 翌日、私達三人は街の東門で、任務の依頼主である商人さんに会いました。

 任務に出る前にエルネストさんに挨拶をしようと思いましたが、どうやら忙しいらしく、会えませんでした――昨日の爆発の後片付けを、まだやっているらしいです。


 依頼主である商人さんは、優しそうなおじさんでした。


「目的地の街までは二日……今日は道中の村に泊って、翌日到着するつもりです。みなさん、魔物が出たら、大変かもしれませんが、頼みます」

「はいっ! 頑張ります!」


 昨日はマルタンさんを斬りかけてしまいましたが、今日こそ頑張ります! 私は背筋を伸ばして返事をします。


 すると、キセラさんがふん、と鼻を鳴らして、


「……もし魔物に襲われたら、依頼主はその場から離れてくれ。そこのマルタンがついていく」

「えっ? あっ……はいぃ……?」


 急に名前を呼ばれたマルタンさんが、慌てて返事をします。そうしながら、私の方をちらちら見たり、キセラさんに困惑の瞳を向けたり。

 キセラさんは無視します。


「魔物は私がやる」

「……ふえ? 私は?」


 キセラさんが魔物を倒してしまったら、私は何を斬ればいいんですか?

 キセラさんはやっぱり冷たく、何も答えてはくれませんでした。


 ……でも、商人さんと馬車を守るのが今回の任務です!

 魔物が出てきたら、戦わなくては!!


「街の東側を通るので、それが不安だったんですよ」


 商人さんは荷馬車に乗って進みます。私達はその脇について進みます。馬のぱかぱかという足音が、とてもかわいらしいです。


「何せ、『デンズの森』がありますから……ここからペルアールへ、魔物も侵入してきますし」


 商人さんは御者台から遠くに視線を向けました――大きな森が見えます。


「『デンスの森』、ですか?」

「遠くから見るだけでも、不気味ですよね」


 デンズの森と呼ばれる場所は、どうも鬱蒼として見えました。そこだけ色が沈んでいる、というか。距離はありますが、じめっとしたような森だとわかります。木々の闇の中に、何かが隠れていそうです。

 普通の森ではなさそうです。


「マルタンさん、あれって、ダンジョンですか?」

「はい。街に近い位置にはあるんですけど、規模が大きく、強力な魔物も多いダンジョンです」

「そういえば、エルネストさんが昨日、この『月光水晶』は『デンズの森』のものかもって、言ってましたね! ということは……えーと、ダンジョンの危険度は『5』以上……?」

「その通りです! 『月光水晶』はダンジョン危険度『5』以上の場所で発生します! そして『デンズの森』の危険度は『7』……シャールカさん、もしかして、勉強しました?」


 言われて思わず私はにんまりしてしまいました……荷物の中から、本を一冊取り出します。昨日、任務の後、街で買った本です。


「まだまだ勉強の途中ですが……これからもっと勉強しますね!」


 『冒険者の教科書 冒険者になるために知っておくべきこと1000』……昨晩寝る前にちょっとだけ勉強しました! 「1000」なんて、全部覚えるのは大変そうですが。

 この任務の最中でも、暇な時間があれば勉強するつもりです!


「ところで『デンズ』ってなんですか?」


 昨日勉強したところに、そんな言葉はありませんでした。魔物の種族の名前でしょうか?


「あのダンジョンの主です。僕も詳しくは知らないんですけど、すごく強い魔物で……強力な魔結晶道具も持っているらしいんです」


 マルタンさんはその森を指さします。


「デンズは僕達の街にある魔結晶毒や魔法道具、それから『耀力』そのものを狙っているらしくて……だからよく、街に魔物を送り込んでくるんです」

「えっ? それじゃあ、倒しに行っちゃえばいいじゃないですか」

「冒険者協会としてはそうしたいんでしょうけど、ダンジョンもデンズも危険で難しいそうです。何より、デンズが冒険者にとって厄介な魔結晶道具を持っているらしくて……」


 私が初めてペルアールに来た時、武器屋で魔物に襲撃され、冒険者協会内では人間のフリをした魔物を見つけました。そんなことをしているのだから、冷静に考えれば、冒険者協会がそのままにしているはずがありませんね。


 でも、そんなことが起きても冒険者協会が動けないなんて、よほど強い魔物、そしてよほどおそろしい魔結晶道具があるのでしょう。


 天気は晴れ。お日様ぽかぽか。小鳥のさえずりが心地いいです。風が吹けば草原が波打ってとてもきれい。お散歩日和。魔物の気配はどこにもありません。


「森が近づいてきましたね。以前、この辺りで知り合いが魔物に襲われてしまいまして。命は助かったのですが、商品を馬車ごと奪われてしまったそうです」


 しばらく進んで、商人さんが目を細めました。


「今回私が運んでいるのは、全て食料品です。魔物の中には、鼻がいいものもいて、我々に気付くかもしれません」

「なるほど……お腹を空かせた魔物が、襲い掛かって来るかもしれないんですね」


 つまりこの荷馬車は、エサ!

 ……エサなんて言い方はよくありませんね。


 何はともあれ、危険地帯に入ったということです……獲物が出てくる可能性があります!!


「気を引き締めていかないと、ですね!!!」

「何もないのが一番いいんですけどね」

「はい! たのし……っ、魔物がいないといいですねっ!!!」


 いえいえ、魔物がいた方が絶対いいんですけど!!!

 出てくるとしたら、きっと強い魔物でしょう、『デンズの森』は危ない場所らしいのですから! きっと、斬ったら楽しいでしょう!!!


 ところが。


「お日様ぽかぽかで眠くなってきちゃいますね」


 穏やかな雰囲気はずっとそのままで。


「街からどれくらい離れたのでしょうか?」


 森はもう通り過ぎてしまって。


「サンドイッチ、おいしー!」


 小休憩中も魔物の気配はなく、まさにピクニックで。


 ――そして、気付けば、夕方。

 小さな村に、到着しました。


 えっ? 魔物、どこ?


「いやぁ、よかった。無事にたどり着きましたね。今晩は宿でゆっくり休みましょう」


 商人さんに連れられて、みんなで宿屋に入りました。『冒険者の教科書』で読みました、村や町には、必ず冒険者や商人のための宿屋があると。


 で、魔物、どこ?


 マルタンさんが部屋の扉を開けます。


「一人一室ありますね! それじゃあ、お休みなさい!」


 あっ、魔物、いない?


「……ネズミ臭い」


 キセラさんもぼそっと言いながら、割り振られた部屋へ。


 ネズミじゃなくて、魔物は?


「それでは、明日もよろしくお願いします」


 商人さんも明日のためにはやく寝るそうです。


 夜中に魔物の襲撃とか、心配しなくていい?


「……寝る前に勉強しますか」


 魔物の襲撃が、あるかもしれませんし。

 ていうか、ないと困りますし。


 宿の部屋には、机がありました。そこで私は本を開いてお勉強。深夜になって、みんなが寝静まっても、勉強勉強。


 魔物、こなくない?


 ふと顔を上げると、部屋の隅をそそくさと走る、ネズミの姿がありました―――。


「うぅ~~~~~~~~~~~~………」


 そうして気付けば、宿屋の外、建物の物陰。


「ネズミ……ネズミさん、ごめんなさい……でも、ネズミさんって、小さいせいなのか、全然満足できなくて……」


 私は捕まえたネズミをしていました。

 部屋で捕まえた一匹。それからこそこそ宿屋内を回って、追加で数匹。


「魔物じゃないのに……ごめんなさいぃぃぃ……」


 これだけの数を斬れば、もやもやがちょっとは治まって眠れるでしょうか。罪悪感はありますが。


「けど、ネズミさんって、害獣だから、私これ、いいことしてるってことでいいですかぁ……? これは宿屋さんのための駆除作業……」


 ネズミはちゃんと土に埋めました。大地に還しましょう。


「ネズミに生まれたのがいけないんです……そういうことにしておきましょう……次生まれ変わったら、人間でお願いしますね……そっちの方が斬った時たのし……いえ、殺さなくて済むので……」


 ――ああ、私も、こんな風に生まれなければ、今頃楽しく、お菓子屋さんを目指していたのでしょうか。

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s-KILL-er ~殲滅スキル「シリアルキラー」で無双できるけど、一日一つは命を奪わないと気が狂いそうになる!善良な人うっかり殺すのはダメだって!~ ひゐ(宵々屋) @yoiyoiya

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