車輪

K

第1話

 広場に木製の車輪が落ちていた。車輪は所々焼け焦げていたり、雨風にさらされていたせいか腐っている所もあった。

 近くでは少年たちが野球をしている。バッターボックスに立った坊主頭の少年がレフトフライを打ち、それを捕りに行った短髪の少年が広場の奥へと走って行った。

 ボールを拾いに来た短髪の少年がその車輪を見つけて、「なあ、ここに変な木のわっかが落ちてるぞ」と言った。その少年が両手で車輪を起こすと、つられて近くに居た他の少年たちもぞろぞろと車輪の周りに集まって来た。

 「これ、タイヤじゃね? 昔のタイヤ」

 坊主頭の少年が言った。

 「ああ、車輪の事?」

 「そう、車輪」

 短髪の少年は照れながら答えた。

 「なあ、ここ見てみろよ」と坊主頭の少年は車輪の中央部分を指さしながら言った。「人の顔みたいじゃない?」

 皆がその場所を覗き込むと、車輪の中央部分に確かに人の顔をしたシミがあった。歳はおそらく中高年、性別は男で、どこか疲れていて、どこか悲しそうな顔をしている。まるで生きているようだった。

 少年たちは面白がってこの車輪に変なあだ名を付けたり、広場で転がしたりと、一躍彼らの注目の的になった。

 「誰が一番遠くまで投げられるかやろうぜ!」と短髪の少年が言う。「やろう、やろう」と周りの少年も同調するように言った。

 これはたまらん――と車輪は、少年たちにぞんざいに扱われ壊れてしまっては一大事のため、彼らをじろりと睨みつけると、「コラ!」と一喝して見せた。だが、時すでに遅かった。少年たちのより一層の興味を惹きつけるだけだった。

 「すげぇ! これしゃべったぞ!」

 「本当だ! 車輪の分際でしゃべったぞ!」

 「まるで輪入道みたいだな」

 「おい輪入道! 早く火を噴いて見ろよ」

 輪入道ももうこうなったら形無しだ。昔はこれだけで子供たちを恐れをなして逃げ出したものだが、今となってはこの始末、逃げるどころか恐れも抱かず、ただ少年たちの好奇と無邪気な暴力に耐え忍びながら、嵐が過ぎ去るのを待つことしか出来ない。それもそのはず、この輪入道はもう年老いてしまい、役目を終えて、後は静かに朽ち果てるのを待つだけなのだから。せめて火だけでも出せれば彼の望む静寂を取り戻せるのかもしれないが、今となってはそれすらも出来ないのだ。

 「あっ!」と一人の少年が声を上げた。

 「あーあ」と近くに居た少年がため息交じりにつぶやいた。

 年老いた輪入道はついに壊れてしまったのだ。

 「なんか飽きたな、こいつ」

 そう言って短髪の少年は広場の奥に輪入道を投げ捨てると、元の野球に皆と戻って言った。

 輪入道の一部始終を見ていたカラスが彼を嘲笑するように鳴く。

 輪入道は恥ずかしさから、顔から火を噴きだした。

 

                 了

 

 

  

 

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車輪 K @mono077

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