最終話 2丁拳銃とマル害の歯
「こんな場所で、どうした」
「主任。小官はヒーローになりたかったんす。島を平和にしたいんすよ」
誰もいない断崖。事件現場の真上。上司を呼び出して挨拶もせず、岩肌に寝っ転がったまま話す後藤。五十嵐は、その失礼過ぎる態度を咎めもしない。
「今回の事件は、渡りに船っした」
「そうか」
「だから、事件解決に向けた増援があるものと期待して待っていたのに、何故か本州から『マル害の歯』を持って帰って来て、事件は自殺として処理されるって聞いて……正直やり場のない怒りでいっぱいっす」
そう話す後藤の口調は極めて穏やかで、怒りどころか何の感情も見受けられない。
「自殺の9割は他殺って、本当なんすかね?」
「ナンだソレは」
「有名なネットミームす。帰ってからの主任の態度。何があったのかは分からないすけど、何かがあったのは分かるっす」
身を起こし、伸びをして海風を受ける。
「主任を追い出し、小官が上に立って島を守りたい。ずっとそう考えて準備してたっす」
五十嵐は黙って後藤の話を聞く。
「パワハラの証拠もあるっす。警察内部で揉み消されないよう、週刊誌に音声データを持ち込むんす。不祥事を世間に広めれば、上も動かない訳にはいかないっすからね」
「そうか」
「主任。そっちの崖に立って貰えるっすか」
「こうか」
「もっと先の方っす」
「ナンだ。突き落とす気か」
そう言いながら、警戒する素振りもなく崖の端へ。後藤は無表情のまま、五十嵐の背後に立つ。
「でもっす。色々考えちゃうんす。萬城目。あれって悪なんすかね」
「法の上では、悪と定義されるか」
「怯える弱い女を庇って前に立った萬城目。あれは小官が憧れるヒーローの姿だったっす。島を護った昔話の萬城目も同じなんすよ。仮に小官の推理が正しくて、萬城目が犯人だとしてもっす。もしかしたら必要悪なんじゃないか、有事の際に島を護る防衛力は萬城目じゃないのかと」
唐突に足元の岩を踏み付ける後藤。「もし!」鬼の形相で何度も。「警察が悪なら!」飛び上がって、全体重を乗せ両足で踏み付ける。「崩れろっす!」しかし岩盤が僅かに揺れただけ。
「もう分からなくなったっす。何が正義で、何が悪なのか。警察官になって頂点に立てばヒーローになれるなんて、子供の夢でしかなかったんすね」
「気は済んだか」
「うっす。決めたっす。清濁併せ呑むっす!」
そう叫ぶと、後藤はポケットから取り出した何かを荒波に向かって放り投げる。
「目に見える範囲で、手の届く範囲で。子供の頃夢見た正義の執行者になるんす。そのために主任の力も必要す。まだまだ頑張って貰うっすよ」
陽光を吸い込み、黒色のICレコーダーが海中に沈んでいく。
「さあて。署に戻って捜査本部の看板を外すっす。また暫くの間、平和で退屈な島暮らしっすね」
晴れやかな表情の後藤。その後ろ姿を見送りながら、「オマエなら義兄弟の杯を交わしたか」と呟いた五十嵐の言葉は、潮騒にかき消されて誰の耳にも届かなかった。
お歯黒水死体 武藤勇城 @k-d-k-w-yoro
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