タイムカプセルからの謝罪

関口 ジュリエッタ

 タイムカプセルの中身

 入道雲の晴れ渡る猛暑の時期、自宅の縁側で風鈴ふうりんの音色を聞きながら白髪交じりご高齢の男性が涼んでいると、長身ショートヘヤーで若くおとなしめの二十代の青年が駆け寄ってきた。

「おじいちゃん! 香苗かなえばあちゃんが容態が悪化したから今すぐ病院に来てくれって!!」

「……わかった、準備する」


 悲しげな表情で空を見つめているご高齢の男性の名は戸村祐二とむらゆうじ。慌ただしく来た人物は孫の慶留みちる

 五年前、体調が優れないと香苗は都内の大手大学病院で健康診断を受けたとき、末期のガンだったと判明した。

 

 それからしばらく入院して延命治療をしていた香苗の容態が悪化したとのことを大学病院から連絡があったと電話を受けた慶留は伝えた。

 慶留の車に祐二は急いで助席に座り、急いで香苗が入院している病院まで急いで向かった。


「病院から連絡が終わった後、すぐに海外出張に行ってる父さんに連絡してら明日にはこっちにこれるって」

「そうか、香苗は結城ゆうきと慶留のことを自分の息子や孫のように可愛がっていたもんな」

嘉子よしこばあちゃんと母さんが亡くなってから毎日ウチに来て家事や身の回りの世話をよくしてもらって負担掛けてしまったんじゃいかな。もしそうだとしたら――」

「それはないから安心しろ。香苗は本当にお前たち二人が可愛くてしたことだ。その影響で病気になったわけじゃない」


 香苗がこうも息子の結城と孫の慶留を面倒を見てくれたのは祐二との間に起きた出来事ともう一つは香苗がバツイチであること。

 まだ祐二が二十代の頃、香苗は十八で十歳離れた年上の男性とお見合い結婚をしたが、子供に恵まれず姑にいじめられて離婚したことも関係もある。

 病院に着き、急いで香苗の病室に向かうと身体や腕にくだを繋がれた姿を見た祐二は表情を暗くする。

 薬の投与のおかげでベッドで眠る妹の香苗のほうによると近くにいた主治医から重い言葉を告げられた。


「もう余り時間がありません、最後に何か伝えたいことがあるのなら今のうちに……」

「……わかりました」


 祐二の頭に過去の妹との思い出が蘇ってくる。しかし、香苗とはとある出来事で会話をしなくなり今までまともに口を利いたことがない。今更どう会話を告げていいのかわからないでいると香苗が目を覚まし、こちらを見つめ弱々しく震えながら語り始めた。


「……兄さん、……タイムカプセル」

「タイムカプセル、――ああ、確か子供の頃に近所の空き地に埋めた物か?」

「……うん。それを掘り起こして欲しいの……。あのカプセルの中に入れた私の物を、……兄さんに見て欲しい」


 力なく発する香苗の言葉に祐二は首を縦に振り安心させる。

 思い残したことを告げた香苗はそのまま瞼を閉じ永遠に目を開くことはなく、深い眠りと就くのであった。


「香苗ばあちゃん……」


 慶留はその場で崩れ落ち泣き叫ぶ。

 息を引き取ると直前、最後に何を伝えたほうがいいかを祐二は思い出す。

 小さい頃、例の件で香苗にヒドいことを言ったことをものすごく祐二は後悔していた。まだ息を引き取る前に伝えればよかったと悔やむ。

 せめて最後の遺言を必ず叶えなくてはならない。


「慶留。香苗の遺言のタイムカプセル掘り起こすのを協力してくれるか?」

「当たり前だろ、香苗ばあちゃんは俺のもう一人のばあちゃんだ。家族の願いなら例え火の中水の中、必ず叶えてやるよ」

「ありがとな慶留」

 

 息を引き取った香苗を見送り、祐二は孫の慶留の協力で香苗の遺言でもある昔二人で埋めたタイムカプセルを探しに向かうのであった。

 

                 


 香苗が息を引き取ったあと、病院で色々と手続き終えた祐二は孫の慶留と病院を出て、祐二が結婚するまで香苗と一緒に住んでいた実家へと帰える。

 二人でタイムカプセルを埋めた後、埋めた場所を忘れないために広告のチラシの裏に埋めた場所を記した地図をきりのタンスの引き出しの隅に閉まっていた。

 結婚してからは祐二は一度も実家に顔を出さなかったため、まだあの桐のタンスがあるか不安になる。


「なあ慶留、おまえ結城と一緒に香苗の自宅によく遊びに行っていただろ。その時、香苗の部屋に年代物の桐のタンスはなかったか?」


 運転席で慶留は頭を悩ませていた、いつも遊びに行ったときは居間にしか入ったことがないと告げられた。

 最悪、桐のタンスが無くなったとしても香苗がタイムカプセルを掘り起こしてくれと頼んでくるには二人で書いた地図は絶対にあるはず。

 実家に着いた祐二は車から降りて結婚するまで住んでいた自宅を懐かしい眼差しを向けながら玄関を開けた。

 家の中に入ると昔住んでいた時の思い出が脳内で蘇りながら、香苗の部屋がある二階へ上る。

 香苗の部屋は以前と比べると物が無く、あるのは畳まれた引き布団と見覚えのある桐のタンスだけだった。

 たぶん、もう長く生きられないと悟った香苗は入院する前に必要の無いものは全て処分したのだろう。

 お目当ての桐タンスの棚を引いて中を確認する。すると茶色く黄ばんだボロボロの古いスーパーのチラシを見つけ、それを裏返すと家からタイムカプセルを埋めた場所が記さていた。

 子供の頃に書いた地図なので鉛筆で書かれた線がかなり掠れて読みづらくはなっていたが、なんとか解読はできる。


「じいちゃん地図は見つかったの?」


 慶留が香苗の部屋に入ってきた。


「ああ。見つかった」


 タイムカプセルの地図を慶留に渡すと困惑の表情を見せる。

 

「この子供が書いた落書きはなに?」

「さっき言ったろ、タイムカプセルの地図だよ。それにそれを書いたのはまだ歳が一桁の時だぞ。――とりあえずタイムカプセルの在りかはわかったから、俺が道案内するからひとまず目的地に車で行こう」

 

 目的地はここから歩いて二十分ほどはかかるが車だと十分もかからないため、孫の慶留とタイムカプセルを埋めた目的地へと準備をする。

 あれから七十年はすぎている。空き地だったところは区画整理などで変わっていなければいいな、と微かな願いを抱きながら目的地に向かった。

 だが、その望みはすぐに失った。目的地に着いた祐二に待ち受けていた光景は自分が思っていた場所と変わっていた。


「さすがに七十年以上経っていれば変わっているわな……」

「予想はしていたことだ、気にするな慶留」



 昔、空き地だった場所が今は高等学校へと変わっていたのだ。

 目の前の光景に唖然あぜんとしていた祐二の姿に孫の慶留は校門へと向かう。


「待て、慶留。ここは高校だぞ、私たちは入ることできない。香苗の願いを叶えることは諦めるしかない」


 瞼を閉じ香苗に申し訳ないと心で謝罪し、車に引き返そうとした祐二だった一方、慶留はまだ諦めたらはいなかった。

 

「俺は諦めたくはない。じいちゃんは香苗ばあちゃんの願い叶えなくていいのかよ! 俺は行く」

「やめろ慶留、さすがに学校の周りを穴だらけにするわけにはいかないだろ。例えここにタイムカプセルがあったとしても高校の建物の下に埋まっている可能性だってあるんだ。香苗の願いは叶えたいけど、こればかりは諦めるしかない」


 何度も祐二は諦めるよう説得をしようとしても孫の慶留は首を縦に振ることはしなかった。大好きな香苗のため、無理なことでも叶えたい。

 祐二の反対を押し切って慶留は高校の校舎に入り、職員室にのドアを引く。

 職員達が見知らぬ男性に怪訝な表情を浮かべ、こちらへと向かってくる。


「申し訳ないですが、どちら様ですか?」

「突然訪れてすみません、私の名前は戸村慶留といいます。――私の隣にいるのは祖父の祐二と申します」


 祐二は職員に一礼をし、ここへ来た理由を軽く説明をした。

 慶留はここに祖父母が埋めたタイムマシンのこと、亡くなった大叔母の遺言のためそのタイムカプセルを掘り起こす許可をお願いする。しかし、そんな頼みは通るわけはなく、職員から了承をもらうことはできなかった。


「どうか頼みます。大叔母のために願いを叶えたいのです!」

「そう言われましても……」


 困っている職員は教頭に助けを求める視線を送り、嘆息を漏らしながら教頭は三人の元へやって来る。


「あなたたちの気持ちは痛いほど分かりますがここは高等学校。子供が健全に勉学を学ぶ場所で見ず知らずの人が校舎やグランドを歩き回っていると、不審がる生徒や怖がったりする生徒達も出てきます。申し訳ないですが生徒の気持ちを考えて、ここはお引き取りください」

「お願いします。大叔母の願いを叶えるためどうか――」


 土下座をする慶留を必死に祐二は止める。


 すると職員室が慌ただしい雰囲気だったので職員室の奥から年配の白髪を生やした六十代ぐらい年配の男性が何事かとつかつかと歩いてくる。

 周りにいる教師とはないオーラを醸し出している。見た感じここの校長だわかる。

 校長らしき白髪の人物は祐二の姿を見て驚いたように大きく目を見開いた。

 

「もしかして祐二君じゃないかい?」

「えっと、どこかで会ったことがありましたか……」


 首を傾げて祐二は考えていると、高い笑い声を上げて年配の男性は答える。


「もうボケが始まったのですか。永渕宏ながふちひろしです。小学校から高校までよく面倒を見てくれたではないですか。私は今でもあなたの顔を忘れたことはないですよ」


 その名を聞いた祐二は目を見開く。

 永渕宏とは十も歳の離れたいわば弟のような存在。

 宏の住んでいた家は祐二の隣家で親同士も仲が良く、毎日のように宏が遊びに来ていたのだ。

 高校を卒業してからは祐二は県内に就職はしたのだが自宅の距離が離れていたため、一人暮らしを始めてから宏とは今まで一度も会うことはなかった。


「宏! そうか久しぶりだな。――そういえば風の噂で鉄工所で働いているときいていたのだが?」

「三ヶ月で退職して、それからは教師の資格を取り教員になったんです。今はここで校長先生として務めております」

「なら昔のよしみでお願いがあるんだ、頼む。話しだけでも訊いてくれ!」


 必死に懇願こんがんする祐二の姿を見て、宏は校長室で話を訊いてくれることになった。

 高級そうな光沢感のある黒いソファーに慶留と座り、向かい側に校長の宏が座る。

 この土地に妹と一緒に埋めたタイムカプセルがあり、先ほど息を引き取った香苗の遺言で見つけなくていけないことを繊細に説明をした。


「そうか香苗姐さんが……。休みの日はよく姐さんの見舞いに行っていてけど、日に日にやつれている姿を見ていたかんだけど、まさか今日亡くなるとは……」


 瞳を潤ませて悲しげな表情を見せる。

 宏は香苗にすごく可愛がられて実の姉みたいな存在だった。

 

「頼む! 香苗のお願いを叶えてやりたいんだ」

「そのタイムカプセルの埋めた場所がわかりますか? もしかすると建物の下などに埋めた場合だと掘り起こされている可能性だってあるし、仮に運良く掘り起こされていなくてもこんな広い土地から見つけるのは極めて難しいですよ」

 

「昔、小さい頃香苗と一緒に書いた地図ならある」

「それは何歳の頃ですか」

「確か九歳の頃だ」

「子供の頃に書いた地図を見せられたとしても、さすがに難しいのですが……」


 難しい表情をする宏を見て、許可してくれる可能性は極めて低いに等しいと感じた。

 腕を組みしばらく深刻に考えて宏は決断をする。


「まずは、その地図を一度見せてくれませんか?」

「ああ。……だが、結構黄ばんでボロボロで見づらいがわかりやすく書けているはずだ」


 とりあえず地図を書いた紙を宏に渡す。

 あまりの出来映えと黄ばんで傷んでる状態に宏は苦笑する。


「確かにこれは酷いな。――だが、空き地だった場所に埋めたことはわかる。これなら見つけられる可能性はあるかもしれません」

「それって……つまり……」


 希望の光を失いかけた祐二に再び光を取り戻す。


「はい。香苗姐さんの願いを叶えましょう」

「ありがとう……。宏」

「気にしないでください。もしタイムカプセル見つかったら一杯奢ってくださいよ」

「もちろんだ。助かる」

「香苗ばあちゃんのために協力をしてくれてありがとうございます」


 ソファーから立ち上がった慶留は深々と頭を下げて宏に礼を述べた。


「顔つきが祐二君にそっくりだ。おじいちゃんを大切にしなさいね」

「もちろんです」


 校長の宏の許可をもらった祐二と孫の慶留は校庭へと向かうのであった。




 とてつもなく広大なグランドに祐二たち三人は立つ。

 

「本当にこのグランドのどこかにあるのか?」

「はい。この地図は空き地に埋めていたとなると。この高校を建築したときに周りの住宅も立ち退いてもらい建てたのです。その時、空き地の位置は建物の下ではなく、このグランド場のはずです」


 グラウンド広さは約四千㎡、二人でスコップを使い掘り起こすには膨大な時間が掛かってしまう。

 とはいえ、そんなことは宏は百も承知。タイムカプセルの許可を許したときに色々と手配を二人に内緒でしていた。

 宏の背後にぞろぞろとボディービルダー並みの体躯の男子高校生が三十人近く現れた。


「宏、この人たちは……」祐二は少年たちを眺めて呆気に取られる。

「俺が顧問をしているラグビー部の生徒たちです」

 

 自信に満ち溢れた表情で宏は自慢する。


「昔はラグビー部に所属して活躍していたと両親から聞いていたけど、今は校長と部活の顧問をやっているとは本当に成長したな」

である祐二君に比べれば全然大したことないですよ」


 宏の言葉を聞いた慶留は驚愕きょうがくしてしまう。


「ちょっと待って! 今TOYAMAグループの会長って言いました!?」

「そうですが……。もしかし孫に会長だったことお伝えしてないんですか」


 小首を傾げる宏を見て、祐二は苦笑しながら答える。


「まあ、答えたところで信じないだろうと思ってな。それに会長とはいへ、今は引退したと道然、息子の結城が後を継いでいるからな」

「それを早く言えよじいちゃん!。そんなすごい人物とは思わなかったよ」


 尊敬の眼差しで輝いて見つめてくる慶留に、祐二は恥ずかしさのあまり直視できない。

 TOMURAグループとはネジ一本から宇宙開発までする世界大規模の会社。そんな会社を作り上げた祐二を知り、驚くのは無理もない。

 コホン、と咳払いをして宏は話を戻す。

 

「とりあえず二人でグランドを掘ってタイムカプセルを見つけるのは時間が掛かりすぎるし見つける確率はほぼ低いに等しいので、見つける確率を上げるため、こちらも手助けすると同時にラグビー部たちの筋肉トレーニングにもなりますからね」

「本当にありがとう。何てお礼を言えば……」


 孫の慶留と一緒に校長の宏に深々と頭を下げた、こんなにも祐二や香苗のために無理なお願いを断りもせず――ましてや生徒達にも協力してもらえるなんて感謝しきれない。

 

「さっきも言ったように礼は一杯奢ってください」

「ありがとう。ほんとうにありがとう」


 祐二は力一杯思いの込めた両手で宏の手を握り握手をすると宏は照れた表情を見せる。

 

「ラグビー部員達、慈善事業だと思ってしっかりやれ」


《オッス!!》


 宏の言葉の後、ラグビー部員全員は息の合った轟く声を上げ、一斉にスコップを持ってグランドへとダッシュする。

 広いグランドに総勢三十人のラクビー選手たちが散らばりスコップで地面を掘り起こす。

 その光景が余りに異様な光景で学校内の教師または生徒達は一斉に窓側でラグビー部員と校長の宏、そして祐二達を眺めていた。

 

「じいちゃん……、視線が物凄く痛いんですけど」

「確かに周りから見たらおかしな光景だな。――だけど香苗のため俺たちも手伝おう。ラグビー部員たちばかりに頼ってしまうのも申し訳ないからな」

「そうだね。香苗ばあちゃんの願いを叶えなくちゃ」

「そういえば宏、授業とかでグランドは使わないのか?」


 生徒達が授業とかで使えないんじゃないかと心配する祐二の発言に宏は放課後までならグランドは使わないから心配しなくて大丈夫、と告げられホッと安堵した。

 祐二と慶留も一緒にスコップを借りてグランドを掘る。

 宏が言うには、空き地のあった場所はグランドの中央から東側の辺りだと告げられた。

 祐二たちもラグビー部員たちに負けないぐらい精一杯掘り続ける。

 子供が掘るほどの深さはさほど深くない。一応、五十センチぐらいまで掘るよう宏はラグビー部員たちに指示を出す。




 作業開始から一時間。一向にタイムカプセルらしき物は見つからなかった。

 もしかして誰かに掘り起こされたのだろうかと思い途方に暮れていたとき、遠くにある一本の大きいキンモクセイに祐二は目をやる。

 

「宏! あのキンモクセイ」


 祐二の指を差す方向に宏は視線を向ける。

 

「ああ確か高校が建つ前、向かい側の家に生えてあった木だよ。ここを立てる際このキンモクセイだけは切らないでくれ、としつこく工事現場の人達に懇願されたらしい。幸い邪魔にならない場所だったから切らなかったらしいけど――この木がどうしたんですか?」


 その言葉に祐二は思い出した、あの家のキンモクセイを目印にして近くの地面にタイムカプセルを埋めたことを。

 祐二は一目散にキンモクセイを目印に走り、ここだ、と思ったところにスコップの先を地面に刺す。

 精一杯地面を掘っているとカツンと何か硬い物が当たる感触がした。

 その感触を身体全身に感じ取ると次第に祐二の眼差しは変わる。

 スコップを地面に置き、祐二は必至に両手を使い掘り起こすと、アルマイト製の四角い箱が発見する。

 慌ててる祐二の様子を見て宏と慶留は急いで駆け寄ってくる。


「祐二君! 見つかったのですか」

「じいちゃん見つけたんだね!」

「ああ、あった……。やっと、見つけたぞ! 見つけたぞ!!」


 歓喜かんきする祐二を見た二人はまるで財宝をようやく見つけたトレジャーハンターを見てるようだった。

 両膝を突きアルマイト製の四角い箱を両手に抱えてる姿にホッと宏は安心した。

 ラグビー部員たちは放課後までに必至に穴を開けた地面を戻す作業をしている間に祐二と慶留と宏は箱の中身を確認する。


 恐る恐る箱の中身を開けようとする祐二の光景に宏と慶留は一体箱の中身には何が入っているのだと固唾を呑み見守る。

 

 箱の中身は祐二が幼い頃に入れたお気に入りのメンコやコマなど小物のオモチャを数個と謎の縦長の大きな包み紙一つ入っていた。

 まあ、入っている物は宏と慶留の想像していた物と似ているため、驚きはしなかった。

 一方で二十センチ弱の大きな包み紙のほうに三人は視線を向けた、間違いなく香苗の入れた物に違いない。

 包み紙に入った縦長の箱を取り出す。

 持つと余り重みが感じず、何が入ってるのか気になり早速包装紙を剥がす。

 包装紙に隠されていた物を目にした祐二は目を見開いた。


「これって? ――もしかしてこれが香苗姐さんが見つけて欲しかった物なんですか?」


 宏と慶留は若干拍子抜けをしてしまったが、当の祐二はそうではなかった。何か思い入れのある表情をしている。


「これは……ただのオモチャじゃないんだ」

「そのオモチャと香苗姐さんに何か深い思いでもあるのですか?」

「ああこのブリキのロボットが原因で俺と香苗は仲違いをしていたんだよ」

「もしかして香苗ばあちゃんがじいちゃんに距離を置いていたのはこれが原因?」


 香苗と祐二は元々兄妹仲があまり良くなかったのだと小さい頃から思っていた。祐二の息子結城と孫の慶留にはとても優しく可愛がってくれたが、兄妹である祐二に対しては言葉数が少なく気まずい表情をいつもする。


「昔の俺の家庭は貧しくて服も買えなく隣近所となりきんじょの人からお古の服を譲って貰うほどの家庭だったんだ」

「確かに、近所で有名な貧乏一家と言われていましたね。雨の日に祐二君の家に遊びに行くと天井の雨漏りが酷すぎて必ず欠けた茶碗を雨水を溜める器に使っていましたよね」


 苦笑しながら話す宏に思わず慶留は驚愕の表情をする。

 

「おじいちゃん達の幼少期ってそんなに過酷な生活をしていたんだ」

「ああ。そんな貧しい生活なのに唯一父親が俺に買ってくれたのが、このブリキのおもちゃだったんだ。それを当時五歳だった香苗が壊してしまったんだ」

「じゃあ、このオモチャのせいで二人の仲はこじれたんだ」


 その話を訊いたとき正直祖父の祐二を軽蔑してしまう。こんなオモチャで香苗のことを嫌いになるなんて心が狭い人物なんだな、と慶留は思っていたが、この話にはまだ続きがあった。


「これを買って貰った翌日に俺の父親は交通事故に遭い亡くなったんだ。このオモチャは人生で初めて父親からプレゼントされた物で形見でもあったんだ」


 周りの友人はベーゴマやメンコ、ブリキのロボットなど買って貰い自慢する同級生に羨ましく思っていた祐二を父親は知っていた。

 かつて親友であった人物が借金を払えなくなり連帯保証人の父親は多額の負債を背負い、毎月多額の利息を払うのに精一杯だったのに、安価とはいえ、息子の祐二に買ってくれた思い出の物。そんな大切な物を妹に壊されて祐二は黙っているはずがない。

 もう大好きだった父親はいない、思い出の物はそのブリキのおもちゃだけ。

 それから香苗のことを恨み、口も訊かなくなった。

 そんなある日、母親から二人で空き地にタイムカプセルを埋めなさい、と二人に近所の人から貰ったせんべいが入っていたブリキの缶と祐二と香苗に現金百円ずつ渡された。

 当時は高度経済成長だったため、百円あればある程度の物が買えた。

 九歳だった祐二は家の家計はある程度知っていたため、この二百円はなけなしのお金だと思った。

 お互い別々に行動し、祐二は昔流行っていたベーゴマを二つ(一つは遊ぶため)とメンコを複数枚購入し娯楽品を入れていた。

 まさか香苗がこのブリキのロボット入れているとは子供の頃思いもしていなかった。

 そうして現在掘り起こされたタイムカプセルには一通の手紙と栞にされている花心かしんが黄色く白い花びらしている一本の花が入っていた。

 花の栞は香苗のお気に入りの物だと思い、とりあえず四角く折られていた手紙を開き、確認をするとそれは妹からの謝罪の文章が書かれていた。



 ――兄ちゃんへ――


 事故で亡くなったお父ちゃんから買って貰ったオモチャを壊してしまってごめんなさい。ほんとはすぐに渡したかったんだけど、兄ちゃん私を見るとすごく怖い顔をするから渡すことができなかった。だから仲良かったときに戻るまでタイムカプセルに入れておこうと思います。このタイムカプセルを二人で掘り起こすときは、仲良くなっていたらいいな。


              ――香苗――



 祐二の瞳から何度も雫が落ちてきた。

 自分は妹に辛い思いをしてしまったと兄として失格だと強く思う。

 謝罪をしたくても、もう香苗はこの世にいない。

 毎日闘病生活を送ってきたときも兄と仲良くしたかったという気持ちと、祐二の大切な物を壊した罪滅ぼしに、祐二の息子や孫の面倒をよく見てくれていたのだと思った。


「じいちゃん」


 孫の慶留が寂しそうな祐二の背中を優しくさする。

 

「すまない……。香苗、俺は嫌いになっていなかった、ただ、俺のことを避けていた香苗にどう接していいかわからなかったんだ」

「香苗ばあちゃんは、俺や父さんと一緒にいるとき耳にたこができるくらいじいちゃんの話を楽しそうに語っていたんだ」

「香苗が?」

「香苗ばあちゃん、二人は日本一可愛い甥っ子や大甥だけど、世界で一番尊敬している人物は祐二じいちゃんだって言っていたよ」

「俺はそんな尊敬できる兄じゃないのに、香苗のやつそんなこと言っていたのか」

 

 涙を腕で拭い、祐二は苦笑する。

 

「目当ての物は見つかったようだし一件落着ですね」


 祐二の肩を力強く叩き宏は励ます。部員たちも男泣きをしなが土を戻す作業をしている。

 祐二たちも申し訳ないと思い手伝おうとするが、宏から「この作業も練習の一環だから気にすることないですよ」といい宏と一緒に校長室に戻り、休憩をするのであった。




 陽も傾き、カラスの鳴き声が風鈴のように和む時間、宏に別れを告げて祐二たちは高校の校舎から出て、自宅へと向かうのであった。


「なあ、じいちゃん」

「なんだ慶留?」

「タイムカプセル見つかったから香苗ばあちゃん安心してあの世に行けたかな?」

「いや、お前の後ろにベッタリ付いているよ」


 慶留は慌てた様子で祐二に叫ぶ。


「ちょっと、怖いこと言うなよじいちゃん! 危うく事故りそうになったぞ。――香苗ばあちゃん、俺のことは大丈夫だからあの世で見守ってくれ」

 

 必死にブツブツ独り言を語る慶留を見て、祐二は笑いながらタイムカプセルを大切に抱え自宅へと帰路へ就くのであった。

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