第16話 うちの槍術は

何日かしてディアスの作業も終わり、工房には大量の袋が並ぶ。

これだけ多くの物をどうやって運んでいるのか、アルクはいつも不思議に思う。

だがアルクはその様子を一度も見たことはない。おそらくディアスも見せないようにしているのだろう。


工房の地下は非常に広い。アルクは倉庫のようになっている地下1階までしか立ち入ったことはないが、それでも建物の地上部分より広いのが体感できた。

アルクも手伝ってセメントの袋を倉庫に収める。

たいして時間も掛からず運び終えるとディアスが言った。


「よし、これで終わりだな。今回は色々とアルクを待たせてすまなかった」

「確かに結構待ったかも」


珍しくアルクの口から不満が出る。ディアスは苦笑いをした。


「悪い悪い。今後を考えると時間に余裕がありそうなのは今くらいしかなくてな」

「今後?」


アルクの疑問には特に答えずディアスは話を続ける。


「さて、アルクも魔導騎士を目指すということだから、やはり武器を扱えないといけない。今日からは槍を重点的にやるぞ」

「!! はい、師匠!」


今まで槍の訓練は基礎だけだったのでアルクの目が輝く。

久しぶりの師匠との鍛錬に向けて、心の奥からやる気がみなぎるのを感じた。


少し早めの夕食も済み、日が傾く中をアルクとディアスは歩く。

やがて練武場に着くと、その端には土を固めて作った壁のようなものがある。

だが急に変な物が置かれたりするのは時々ある事なので、アルクはあまり気にしなかった。


鍛錬が始まり、両儀の術と理拳の術が終わるとディアスが言った。


「今日からは順番が変わるぞ。先に崩天の術だ」

「えーっと、先に拳術?」

「そうだ。その後はずっと槍の訓練をする」

「…それだと気功術は?」

「それは槍の訓練の中でやっていく。これからは実戦的な鍛錬が増えるから、励気のような基礎的なことはしばらくお預けだ」

「はい、師匠」


槍の訓練を控えて、アルクはつい抑え気味な動きになってしまった。

普段なら注意されるところだが今日は何も言われない。

ディアスの方も訓練がどのくらいの負荷になるのかは、やってみないと分からないのだろう。

少し休憩を挟んでアルクとディアスは槍を手に取った。


「それじゃあ槍の訓練を始めぞ。実際に突く、それから技、も一応もやるかな」

「はい! 師しょ、う…?」「…一応?」


槍の技と聞いて一瞬気合が入ったアルクだが、ディアスの一応という言い方で心に待ったが掛かる。


「そうだなぁ、どこから話したら……よし、この際だから最初から話すか」

「?」


ディアスの言っていることが今一つ飲み込めないアルク。

そんなアルクに、ディアスは衝撃的な事実をに告げた。


「アルク、うちの槍術は、槍術のようで槍術ではない…!」

「!? ど、どういうこと?」


狼狽えるアルクに、ディアスは手に持った槍を横にして見せる。


「この槍……槍にしては短いと思わないか?」

「言われてみれ、ば…?」


ディアスにそう言われても、そもそもアルクは槍を何種類も見たことはなかった。


「ライアスが持ってる槍なら判るかな。あれでも槍としては短い方だ。一般的な槍は2m半以上はあるし、戦場なら4mから5m以上の長さの槍を使う」


アルクは自分の銀槍を見てみる。長さは1m70cmほどだ。


「でも、そんな槍を振り回せるの?」

「普通の槍の柄は木でできているから、そんな使い方はできないな」

「木って……それだとしならない?」

「しなるぞ。だから普通は突く、上から振り下ろして叩くといった使い方をする」

「えぇ…」


アルクの槍への堅牢なイメージが崩れる。槍はもっと頑丈で力強いものだと思っていた。


「アルクの槍は魔導武具だから全金属製なだけだ。そもそも金属製の槍なんて普通の人間の力ではとても振り回せない。ライアスだって槍を振るう時は強化を使っているし、アルクだってそうだろ?」

「そうだけど…」


アルクの銀槍でも重さは7kg以上はある。素で振り回すなら全身を使って動いても難しい。


「という訳で、短い槍を用いるうちの槍術は、普通の槍術は違うということだ」

「…じゃあ普通と違うなら、何になるの?」

「棒だ」

「棒…?」


急にでてきた棒にアルクは当惑する。


「いきなり棒って言われても…」


アルクは棒と聞いても杖のようなものを連想してしまう。

槍と異なり鋭利な穂先のない棒に対しては、何か強さを感じないのだ。

そんなアルクの気も知らず、ディアスは説明を続ける。


「棒は頑丈で扱いやすく、相手を制するのに非常に優れている」


相手を制すると言われても、対人戦闘を特に意識したこともないアルクにとって、その利点はまだ分からない。


「使い方次第だが、棒はどんな間合いにも対応できる良い武器だ。その特性を上手く取り込んだのがうちの槍術で、槍術と棒術を組み合わせたような型になっている。まあその結果、槍は短くなったが」

「じゃあ僕が師匠から教わっている槍術って…」

「そうだなぁ、槍術と棒術のいいとこ取りをした亜流のようなものかな?」

「そ、そんな…」


気落ちするアルク。ディアスの言い方が悪いので、アルクは何か適当に組み合わせたものを教わっているかのように感じてしまうのだ。決してそんな事はないのだが。


「実用性を追求した結果だ。大丈夫、強ければいい。俺は槍で負けたことは一度もない」

「…それは単に師匠が強いからなだけじゃ…」

「俺もこの槍術で育ったさ。 …多分な」

「……」


この際だからと、アルクは昔から気になっていたことをディアスに訊く。


「師匠って、そもそも負けたことはあるの?」

「俺か? 一度もないな」

「やっぱり」

「修行が終わる頃には十二分に強くなっていたからな」


小さなため息をつくと、アルクは黙り込んでしまう。

それから何か考え込む様子を見せるアルクに、ディアスが訊いた。


「どうした? アルク」

「…うちの槍術には、名前は無いの?」

「名前……流派の名みたいなものか?」

「うん」


ディアスは少し考えた後、さらっと言った。


「特に無いな」

「ええ~~!?」

「名より実だ」


アルクも男の子なのでカッコイイものは好きなのだ。

どこかで流派を名乗ることがあったら、こう、カッコイイ流派を名乗りたいと思う時があった。


だがディアスには、どうもそれが分からない。

ディアスは武においては全て実力で証明してきた。そのため名は後から勝手について来るもので特に興味もなかった。

逆に名だけのものも多く見てきてしまったため、ディアスにとって名はただの飾りのようなものだった。


「…師匠が考えてよ」

「えっ?」

「流派の名前」


不満そうなアルクが口にする珍しい我儘に、ディアスは困惑する。


「でも、俺が勝手に名乗るのもなぁ」

「…師匠の他に、うちの槍を伝えてる人はいるの?」

「うっ…!」


(そういえばアルク以外に槍を教えた事はないな……あの頃はそんな余裕も無かったし)


「…多分、いないな…」

「なら師匠が継承者で問題ないよね」


じっとディアスを見るアルク。ここでやる気を削いでしまっても仕方ないのでディアスは約束する。


「…わかった、名前は考えておく」

「はい! 師匠!」


だがアルクはまだ知らなかった。

流派の名というものは、名声が重要だという事を。



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少年はやがて世界の形を知る ミドラスの断章 御陰道士 @7way

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