第15話 魔導騎士を目指す

(さて、そろそろ家の様子でも見に行こうかな)


アルクは村の広場を抜けて、木々もまばらな草原の道を進む。

すると先には、並んで歩くスフィアとトライアの背中が見えた。

アルクは二人を追いかけ声を掛ける。


スフィアに余計な一言を聞かれていたことをすっかり忘れていたアルクは、二人に声を掛けた後にそれを思い出しハッとする。

だがスフィアは機嫌が良さそうだった。


「えーっと、先生との話し合いはどうだった?」


とりあえずアルクは話題を切り出す。


「何も問題なかったよ。レイナも4月からは予科教室だよ」

「それは良かった……のかな? レイナが先生に振り回されないといいけど」


ルセフは予科では自分の趣味、教えたいことを優先する。学びたいことがある場合は強く要望を出さないといけない。


「それは大丈夫よ。レイナは目標ができたみたいだから」

「目標?」

「教養学校へ進むことよ」

「確かトライも進む予定だったっけ」

「そうだよ」


それを聞いてアルクは色々と納得する。


「…レイナは元気になったかな?」

「もちろん」


スフィアが明るく答えた。

話の流れでアルクは何となくスフィアに尋ねる。


「スフィアにも何か目標はあるの?」

「わたしの目標?」


スフィアは少しキョトンとした後、アルクの顔をじっと見つめてから答えた。


「…そうね、この村で楽しく暮らす事かな」

「それは目標?」

「目標よ。楽しく暮らすの」


スフィアはくるりと向きを変えながら答える。


「ここは良いところよ」


万感の想いを込めたかのように、スフィアは穏やかな表情で言う。

いつもは見せない眼差しに、アルクはつい見惚れてしまった。


空気を読んだかのように少し間を置いた後、今度はトライアがアルクに訊いた。


「アルクさんは?」

「僕は師匠──」


とアルクは言いかけて止まる。

確かにディアスは目標ではあるのだが、それを達成できるのかと問われると正直アルクは自信が無い。

言い淀むアルクを見て、トライアはある提案をした。


「魔導騎士を目指すのはどうかな」

「魔導騎士……ライアスさんみたいな?」

「そう」


トライアは強く肯定するように頷く。


「魔導力があっても誰もが戦う力を持っている訳じゃない。例えば父さんとか」

「そうよね。うちのお父さんとか、戦いなんて無理よね」


アルクは虚弱で優しいクロイスのことを思い浮かべる。

スフィアが言うように戦う姿など想像できなかった。


「アルクさんなら魔導騎士になれると思うんだけど」

「でも僕はそんなに魔導力はないよ?」


魔導騎士は魔導武具で全身武装するため、魔導士以上の魔導力が必要だ。

アルクは魔導武具を使えるが、魔導力はまだ並の魔導士にも届いていなかった。


「大丈夫、魔導力が一番伸びるのはこれからだから」


心配するアルクにトライアが答える。

魔導士たちだけが知る事だが、魔導力は成人した16歳以降から20歳あたりまでが一番良く伸びる。

これは手足が伸びきって骨格が安定することで、体に魔導力が宿りやすくなるためではないかと考えられていた。


「今から魔導武具が使えるアルクさんなら、たぶん普通の魔導士以上に魔導力は伸びるよ」

「そうなんだ」


アルクは魔導騎士について考えてみる。

魔導騎士とは帝国では強さの象徴でもあったし、村を守るために魔物と戦うライアスへの憧れもあった。


(そうか、魔導騎士か…!)


ディアスのように強くなりたくて武術の鍛錬をしていたアルク。

だが師匠であるディアスのような強さを得て、それからどうするのか…

皆を守るために戦うこと──それは今のアルクにとって一つの答えのように思えた。


「…魔導騎士を目指して、がんばってみようかな」

「うん。きっとそれがいいよ」

「まだなれるか分からないけどね」


少し自信なさそうに答えるアルク。

魔導騎士とは、言うなれば魔導のエリート。

魔導の力で戦う精鋭にして、魔導大国である帝国の看板でもある。決して容易な道ではない。

そんなアルクの様子を見ながらスフィアは思う。


(ちょっと控えめなところがアルクらしいかな。たぶん実力は問題ないから、あとはやる気よね)


帝国魔導騎士の最も重要な条件は〝強さ〟

魔物と単独で戦うことができるアルクの強さは、既にその条件を満たしつつあった。


やがてアゼルフォート家の門の前まで来ると、三人は耳をすます。


「「「……」」」


もう耳障りな音は聞こえてこない。静かになったようだ。


「治まったみたいだね」

「これでアルクもお家に帰れるわね。またいつでも泊まりに来ていいからね」

「お世話になりました。それじゃあ、またね」


アルクはお礼を言い、スフィア、トライアと別れた。


林の道を抜けて家に着くと、工房前には麻袋がまるで壁のように積まれていた。


「ただいまー」

「お、ちょうど帰って来たな」


開け放たれた工房の大きな扉の陰からディアスが顔を出す。

破砕機は片付けられており、もう騒音の心配はなさそうだ。


少し気が逸るアルクは、早速ディアスに告げた。


「師匠、僕は魔導騎士を目指してみようと思うんだ」

「ほう…!」


突然の発言にディアスは思わずアルクを見つめる。

いつもと変わらないように見えても、心の奥で強い意志が燃えているのがディアスには判った。


(何があったかは知らないが、地に足のついた実体のある目標だ。俺の背中ばかり見ているより余程いい)


「それはいい目標だ。ライアスのようになるのか?」

「うん…!」


ゆっくりと頷くアルクの姿が何か微笑ましく、ディアスはつい口元が緩んだ。


「フッ、それなら今年からはアルクにも手伝ってもらおうかな」

「…魔物の退治とか?」

「ああ、今年は多くなりそうだしな。それに…」


ディアスは少し考えるような仕草をしてから言葉を続ける。


「もしかしたら数年ぶりに魔獣も出るかもしれない」

「魔獣…」


【魔獣】は、魔物とは桁違いの強さを誇る極めて危険な獣だ。

魔物の討伐難度でも最難関となり、猟兵たちだけではとても手に負えない。

魔導騎士たちが数人の小隊を組んで協力し、猟兵と連携して討伐に当たるほどの相手で、壁があるような町でも大きな被害が、小さな集落では壊滅の危険すらある。

出現は稀とはいえ、辺境において最悪の存在だった。


魔獣については話に聞くだけなので、アルクはいまひとつ想像がつかない。

以前現れた時も村に近づく前にディアス達に討伐されおり、姿を見たこともなかった。


「エーカーさんは、魔物に悪霊が憑りつくと魔獣になるなんて言ってたけど…」

「そんな感じだな。アルクはまだ見たことがないが、見なくても魔獣は分かるだろうな」

「見なくても分かる?」

「それだけ特殊な存在なのさ」


ディアスはそう言ってから話題を切り替える。


「よし、それじゃあ今日もきちんと鍛錬に励むんだぞ」

「えっ?」

「焼成があるって言ったろう。俺はこれから出掛ける」


アルクは一昨日ディアスに訊いたことを思い出す。

確かにそんなことを言っていた。


「工房でやらないの?」

「いや、凄い煙が出るからな。他にも色々と。一応フィルターも付けるが、ここではできない」

「ふぃるたあ?」

「濾過器のことだ」

「…場所はどこで」

「砦から北東に行った辺りに危険な物も燃やせる炉があってな。そこでやる」

「そうなんだ。じゃあ今日の鍛錬は──」

「悪いがまた今度だな。出掛ける前に書置きでもと思ったが、アルクが帰ってきたからな。ちょうど良かった」


やる気になっていたアルクは、何か肩透かしをされたような気分になってしまった。


「明日も帰らないかもしれないから、家の事も頼むぞ」

「はーい…」


それだけ言うとディアスは作業に戻ってしまう。

アルクはしばしその場に立ち尽くした。


ディアスのいつもと変わらない様子に、アルクは師匠らしいと思いつつも心の中でため息をつく。

だが急に言い出したのだから仕方ないと、気合いを入れなおす。

地道な努力を一人で続けられるというのはアルクの長所だ。

こうして今日も自主鍛錬に励むのだった。

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