第14話 四元教
スフィアたちが会館を去った後、入れ替わるようにアルクは会館に戻って来た。
少し気になったことがあったのだ。
アルクは誰もいない礼拝堂へ入る。
そのまま真っ直ぐに進み、正面にある像を見上げた。
それは女神の像だった。長い髪に髪飾りをつけ、纏う衣は騎士が鎧の上から着る上衣のように見える。そして左手には小手のようなもの身につけていた。
四元教の主神は太陽神アルファのはず。アルクは疑問に思った。
「水の女神アルセティア様…?」
「そのとおりですよ」
「!?」
突然後ろから声が聞こえてアルクは驚いた。
振り返るとそこにはルセフ立っている。感覚の鋭いアルクでも、まるで気配を感じなかった。
「…先生、いつの間に」
「フフフ、すいません。気配を消して歩くのが癖になっていまして」
「……」
アルクはルセフの裏側を色々と知っていた。
帝国の四元教の聖地アトレイアにある大神殿。
その地下にある禁書庫にルセフが夜な夜な忍び込んでいたことを…
「アルク君が礼拝堂に来るなんて、珍しいですね」
「えっと、ちょっと気になった事がありまして」
アルクは女神の像を見るながらルセフに問いかける。
「なぜ太陽神様ではないんですか?」
「帝国ではこれが普通ですよ?」
「…礼拝堂にはアルセティア様の像があるのですか?」
「? アルク君も歴史はしっかりと勉強していると思いますが…」
ルセフは少し考えた後、納得したように頷く。
「なるほど、礼拝堂には来ないので実際にはどうなっているか知らなかった訳ですか。信心深くなる必要はありませんが、無関心なのもいけませんよ?」
「すみません」
「興味があるのなら、ご説明いたしますよ?」
ルセフが椅子へ誘う。間違いなく長い話になるだろうが、それなりに好奇心の強いアルクは関心のあることをそのままにしてはおけない。
「そうですね、お願いします」
アルクとルセフは礼拝堂の長椅子に腰掛けた。
「はじめに太陽神アルファ様が世界を開き、その元へ様々な力をもった神々が集まりました」
「最初の神々の時代ですね」
「そうです。やがて神々の中から、特に優れた力を持つ神が現れます」
「それが四大神様」
「はい、そのとおりです」
【四大神】
火の神 レハラール
風の神 ライサン
水の女神 アルセティア
地の女神 オルセア
この世界を構成すると言われる四元素、火風水地の名を冠する四大神は、この世界を支える偉大な神とされている。
「四元教の霊典シャルフォンにも記されている通り、世界が固まり、世界が神々から人に譲られた時に、四大神は太陽神から世界の守護神としてこの世界を任されました」
霊典シャルフォンは神々の時代の出来事が記されているとされる書物で、四元教の教えの中心になっている。
アルクは違和感を感じる言葉があったのでルセフに尋ねる。
「世界が固まる?」
「霊典には確かにそう記されていますね。ですが固まるではなく、定まる、だったのではないかと言われています」
「定まる?」
「これから世界をどうしていくか、それが定まったという意味ですね」
「なるほど」
ルセフは少し間を置いてから話を続ける。
「四元教の呼び名からも分かるように、帝国ではこの四大神様が信仰の対象となっています」
「でも主神は太陽神様ですよね」
「そこは間違っていませんよ。大神殿で祭られているのも太陽神様です」
アルクが行ったことのあるデセイルの神殿でも、祭壇の中心に祭られているのは太陽神だった。
「ですが太陽神様から世界を任された四大神様を置いておいて、太陽神様を信仰するのも四大神様に失礼なのではありませんか?」
「それは、そのとおりですね…」
「そういう訳で主神は太陽神様ではありますが、基本的に四大神様が信仰されているのです。四元教の名も、きっと四大神様を立てるためですね」
「先生、その言い方は四大神様に失礼だと思わないんですか」
アルクは水の女神の像を改めてよく見つめる。
「では、どうしてこの村では水の女神様を?」
「四大神様の全員を小さな神殿でお祭りするのも大変ですからね。ですので各地の小さな神殿では四大神様の誰かを選んでお祭りするのです」
「そんな理由があったんですね。ここは温泉村だから、それで水の女神様と」
「そういう事です」
そこでルセフは内密の話をするようにアルクに少し近づく。
「それに、太陽神様は四大神様に世界を任された後、お姿を御見せにならなくなります」
ルセフは声を落としてアルクにそっと囁いた。
「太陽神様はお隠れになられてしまったので、お祈りも届かないと…」
「それはさすがに問題発言ですよ…!」
四元教の神官とは思えないルセフの言葉にアルクが釘を刺す。
「まあそんな心配があったのか分かりませんが、四元教では四大神様への信仰が次第に強くなっていきました。今では太陽神様がお祭りされているのも大きな神殿だけです」
「だんだんと忘れ去られてしまうみたいで、何か寂しい話ですね…」
「まあ太陽神様は霊典でも最初の方にしか記述がありませんし、我々人間とは少し遠い神様ですから」
「……」
「そもそも太陽神様のことはあまり判ってはいないのです。太陽神様の御名前であるアルファも古い言葉で始まりを意味するものだそうで、実は本当の御名前も伝わっていません」
「!!?」
アルクは初めて知る事実に大変驚く。
「どうして、そんな事を……知っているんですか…?」
「大神殿にいた頃に古い本で読みました」
「…禁書庫の本ですか?」
「おっと……やはりアルク君は知っていましたか」
ルセフは特に悪びれる様子もなく、フフフと不気味に微笑んだ。
この村にルセフがやって来たのは3年前。
大きな神殿から町や小さな村に司祭や助祭が派遣されてるのはよくある事なのだが、大神殿から神官が赴任してくるという事態にライス村の皆は困惑した。
ディアスの存在もあったのでオルゲンたちはこの件を調査したのだが、
若くて優秀だが素行に問題のあるルセフを、一時的に(ほとぼりが冷めるまで)中央の権力から遠ざけておきたいというのが真相の様だった。
確かにライス村なら噂も外へは容易に広がらず、身を隠すにはちょうど良い。
アルクはオルゲンからその辺りの出来事を聞いていた。
「そういう危ない事ばかりしていたから、村に飛ばされてきたなんて噂、先生もご存じですよね」
「まあ、それも理由の一つではありますね」
「…見つかりました?」
「私としたことが、つい夢中になってしまいましてね」
ルセフは過去を思い出すように遠い目をする。
「あの頃はまだ若かったですね。今は反省しています──」
ルセフは少し俯いてから、ふっとため息をついた。
「もっと上手くやればよかったと」
「それ、反省してませんよね!?」
アルクがすかさずツッコむ。
「若さゆえの過ちだったはいえ、心ではまだ納得できないものなのです」
「まずは心を入れ替えることから始めてみては?」
それから二人の話は脱線していき、アルクは特に知る必要もない大神殿の警備体制などを知ることになるのだった。
そんな話も、やがて一段落つく。
「つい話し込んでしまいましたね。私も基礎学校の準備が色々とありました」
「それはすみません」
「フフフ… アルク君は色々と知っている側ですので、ついつい喋りすぎてしまいましたよ」
「知っている側って…」
そこでアルクはディアスのことを思い出す。ディアスの関係者なので、そう思われるのも仕方ないのかもしれない。
「まあこうやってそっと秘密を共有するのも悪くないではありませんか」
「何か悪の組織みたいですね…」
ルセフと別れる前に、アルクは心に引っ掛かっていたことを尋ねる。
「太陽神様はいなくなってしまったのでしょうか…?」
「そんな事はありませんよ」
「えっ?」
「空を見上げれば、そこには太陽があります。太陽神様はずっと我々を見守っていてくださいますよ」
「…先生に言われると何か疑わしく感じてしまうのは、気のせいでしょうか?」
「気のせいですね」
礼拝堂を後にしたアルクは、会館の外に出ると空を見上げる。
昼下がりの太陽は今日も眩しく輝いていた。
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