第13話 目標は大事

礼拝堂を出たアルクは後ろを確認する。スフィアは追ってきてはいないようだった。


(ふう、びっくりして逃げてきちゃった。まあスフィアなら、ちょっとした一言くらいすぐに忘れてくれるかな…?)


スフィアとは気のおけない間柄だったのでアルクは気楽に考える。

そのまま村の広場へ出ると、ロイとケインがいた。

ケインはロイと同い年の農園の息子で、アルクより一つ年上の16歳だ。

しかし幼い顔立ちと耳が隠れるくらいの長さの髪のせいで、アルクより年下に見えることもあった。


「ロイ、ケイン、おは…よう?」


日もだんだんと高くなり、日時計はそろそろ10時を指す。

アルクとしては、おはようか、こんにちわか微妙な頃合いだった。

アルクの不明瞭な発音を察してケインとロイが返す。


「ボク的には、こんにちわ、かな」

「オレ的にはまだ、おはようだな。農園の朝は早いな」


ロイがケインと一緒にいる見て、今日はアルクの勘が働く。


「もしかしてケインはロイの付き添いかな?」

「その通り。昨日もそうだったよ」

「ちょっ、言うなよ」


アルクはさっそく怪我の経過を尋ねた。


「お尻はどう?」

「まだ赤みはあるけど傷はしっかり閉じているから経過は順調だそうだ」

「それは良かった」

「さて、ボクはもう行くよ?」

「ああ助かった。明日も頼むぞ」

「了解」


ケインは去っていき、アルクとロイは村の通りを歩きながら話す。

雑談は村の広場ではなく、眺めの良い村の門の辺りでするのが二人の習慣になっていた。


「魔物は結構なお金になるかもしれない。今、キルハの町からコーナー商会の人が来ててな」

「あ、知ってる」

「兄貴もちょうど来ててさ。ただ魔物はでかいから取れる素材の量も多くて、一旦持ち帰って値段が決まってから分け前をくれるってさ」

「いつもと違うね」


普段なら相場に従ってその場で買い上げるのだが、今回の獲物は魔物なのでレナルドも弟ために手間を惜しまず取引をしてくれるようだ。

魔物の素材は基本的に競売に出される。まだ時期が早いので割増しで良い値が付く可能性もあった。


「とにかく今までとは違う額になるって言ってたが…」

「魔物素材は高いって聞くからね」

「最後に一山当てたって感じだな」


ロイが罠猟をするのは魔物の出ない冬の間だけだ。

東の山も立ち入り禁止になったため、今年の猟はもう終わりだ。


「アルクのおかげさ」

「ロイも頑張ったよ。獲物はまず見つけるのが大変だからね」

「そう言ってくれると少しは報われるな」


ロイはそこで思い出したように言う。


「そうだ、この村にもついに牛が来るらしい」

「おっ、やっとだね」

「今までは山羊の乳だけだったからな」

「チーズ、クリーム、バターにヨーグルト。お菓子もたくさん作れるようになるかもしれないね」


牛と山羊では乳の量が違う。牛は山羊の10倍以上は乳がとれるため、乳製品の生産量は格段に増える。

村にとって久しぶりに画期的な出来事になりそうだ。


「親父もこれから温泉上がりに牛乳を──」


アルクとロイの会話が弾む。


一方その頃、村の会館の中にある教室では関係者が集まり話し合いが行われていた。

神官衣のルセフに、レイナとトライア、そして何故かスフィアもいた。

ルセフの抑え役としてトライアが念のために連れて来たのだ。


村の神殿の神官であり基礎学校の先生でもあるルセフは、丁寧な言葉遣いと穏やかな表情で柔和な印象を与える男性だ。

だが子供たちは遠慮がない。左遷されてきたという噂と相まって、きっと裏がある、何か胡散臭いとなかなかの言われようだった。しかし本人はまるで気にした様子はなく、わんぱくな子供たちに対しても非常に大らかな先生であった。


「──それでレイナさんは予科教室に上がりたいということですか」

「はい、先生」

「ええ、構いませんよ。レイナさんの学力は十分です。予科教室でも問題ないでしょう」

「ありがとうございます!」


ルセフは考える素振りすら見せずに即認める。思わずスフィアが問いかけた。


「ちょっと先生、そんなに簡単に決めてしまっていいんですか?」

「問題ありません。帝国の官吏登用試験も年齢制限はありませんし」

「それはそうですけど…」

「それに、この基礎学校の全ての権限は私にありますから」


フフッと微笑みながら答えるルセフ。


「…先生、素が出てません?」

「おっと」

「「?」」


ルセフは〝基礎学校の範囲〟では模範的な良い先生だ。

そのためトライアとレイナはルセフの別の一面を詳しく知らなかった。


「ですがレイナさん、予科教室は大変ですよ?」

「大変?」

「予科教室は教養学校で学ぶための準備の場でもありますからね。基礎学校に比べて格段に難しくなります」


基本的な読み書きや四則演算を学ぶ程度の〝初等教室〟や〝基礎教室〟と違い、

〝予科教室〟では分数、代数、幾何学、自然科学、歴史、文章理解(国語)、哲学、帝国法、商取引の基礎、芸術など様々な事柄を幅広く学ぶ。

基礎学校以外でも普段から学問に勤しんでいなければとてもついていけないため、ライス村でも予科教室に進む子供は少なかった。


「教養学校って、私も進むのかな?」


レイナはまだ教養学校については考えていなかった。

当然ながら教養学校はライス村には無く、この辺りでは都市であるデセイルに一つあるだけだ。

教養学校へ通うのなら、デセイルで暮らすことになる。


「私は領主のご令嬢として当然の事だと考えますが…」


ルセフはごく一般的な意見を述べる。

現在の帝国では、環境が許すのならば教養学校へ進むという風潮があった。


教養学校は、基礎学校後の更なる教育のために各地に設立されるようになった。

護民法によって定められた職業選択の自由により、高度な知識を持った人材の需要が増したためだ。

教養学校は16歳以上で成人となった者が学ぶことを想定しているため、一定水準の知識があることが前提となっている。そこから各分野で活躍するのに必要な事を学んでいくのだ。

中には帝国での最高学府であり最先端の研究機関でもある大学へ進むために、まず教養学校で学ぶ者もいた。


予科過程から教養学校へ進むのは、基本的に貴族、騎士、裕福な商家などの子息、子女たちだ。

教養学校はそうした社会階級の者たちの交流の場でもあった。


レイナは隣に座るトライアに尋ねる。


「トライはどうするの?」

「僕は教養学校には進むつもりだよ」

「魔導の方はいいの?」

「魔導は基本的に学校で学ぶものじゃないからね」


魔導は才能による上に個人差も大きいため、まとまっての教育には適していない。

魔導士たちは必要に応じて必要な技術を魔導協会で身につけていた。


トライアにも優れた魔導の才能がある。

魔導の名門アゼルフォート家に連なる者として、魔導だけでなく様々な交流も持っておかなくてはならなかった。


「デセイルには魔導協会も教養学校もあるから、ちょうど良いと思っているんだ」

「よし、私もがんばってみる!」


レイナの意思を確認したルセフは、今後の予定の説明を始める。

基礎学校には初等教室や基礎教室もあるため、予科教室は週二日だけだ。


「週二日で大丈夫なのかしら?」


必要な知識を授業だけで学べるか心配するレイナに、ルセフは自習を勧める。


「図書室にも机もあります。私としては自主性をもって学ぶことには大賛成です」


ルセフの言葉を聞いたレイナはトライアの方を窺う。


「僕もそれは考えていたから、レイナも一緒に勉強しようか」

「はい!」


そんな二人の様子を見てルセフは満足そうに頷いた。


「学ぶ意欲に溢れる学生は素晴らしいですね。存分に学問に取り組んでください。やはりまずは歴史でしょうか。帝国の歴史を良く知ることで、我々がそれぞれの世代の担い手であることの自覚を──」

「あっ先生、長くなる話はまた今度で。これから(昼食の)予定もありますので」


スフィアがきっぱりと言う。特に歴史が絡んでくるといつまでたっても話が終わらない。


「くっ、それは仕方ありませんね…」

「それより連絡事項は?」

「そうでしたね。レイナさん、お手数ですが教室が始まるまでに準備していただきたい物がありまして──」


話し合いは終わり、三人は村の会館を後にする。

レイナは礼拝堂で沈んていた頃とは違い、今は明るい表情をしていた。


(思わぬところで良い方に向かったかな。やっぱり目標って大事ね)


スフィアは最近のトライアとレイナの関係を少し心配していた。

やはり二人には仲良くしてもらいたいと心の中では思っていたのだ。

その割にはレイナには遠慮ない物言いをしていたが。


(とりあえず、これで一安心ね)


自分にこれといった目標がないことは一旦置いておいて、スフィアは楽しそうに話す二人を見ながらほっと安堵するのだった。




※ 年齢についての補足です

  帝国では人の年齢は【数え年】で数えられています

  生まれた時に数え1歳となり、

  1月1日の新年を迎えるごとに年齢が加算されていきます

  現在数え15歳のアルクは、現代の満年齢だと13歳~14歳となります

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