エピローグ

立派なお墓の前に二人の男女が立っていた。


一人は大学生ほどの青年で、サングラスをかけ、白杖を手に握っている。その傍らには、聡明そうな少女が立ち、彼を支えていた。


「ここに君のお父さんが眠っているの?」


「そうですよー。やっと二人でお墓参りができました」


「この人があの立派な……」


「そうです、私の誇りのお父さんです」


「えっと、記憶のない頃にお世話になりました」


「ちょっと硬すぎますね。お父様はそんな言葉が聞きたいと思いませんよ」


「じゃあ、なんて言えばいいんだろう」


「こう言えばいいんです」


「今、幸せです」


少女がそう言うと、二人は楽しそうに笑った。


そして二人は墓で眠る父に近況をあれこれと語った。どの話も楽しげで、「幸せだ」と言ったことが嘘ではないと確信できるものばかりだった。


どれほどの時間が過ぎただろうか。二人は最後に「また来ますね」と宣言し、墓の前から立ち去った。



それに入れ替わるように一匹の黒猫が墓の前にやってきた。

黒猫は静かに佇んでいたが、次の瞬間、まるで魔法のように黒猫の体が変化していく。

柔らかな黒い毛が引き締まり、滑らかな白い肌が現れる。猫の小さな四肢は細長く伸び、人間の形へと変わっていった。


気がつけばそこには白い肌に黒い喪服で身を包んだ悪魔のような女性が立っていた。



女性は静かに墓に向かって一礼し、柔らかな声で語りかけた。


「久しぶりだね。皆が来てくれて嬉しかった?」


その声には温かさと共に、深い敬意が込められていた。


「驚きだよねー、まさかもう一度契約して三度目の人生だなんてさー」


彼女は墓石を優しく撫でながら、微笑みを浮かべる。


「これが愛なのかもねー」



その時、遠くから駆け足の音が近づいてきた。少女が墓に戻ってきたのだ。少女は息を切らしながら尋ねる。


「もしかして、悪魔さん?」


女性はゆっくりと少女に向き直り、微笑みを浮かべた。


「ほんと何バカやってんの。消えるって言ったじゃん」


「本当にそうですよねー。でも結果良ければ全て良し、じゃないですか?」


「ほんといい性格してるわ」


「それはどうも」


「彼氏君との生活はどうなの?彼、あなたが二度と消えないように記憶の全部と視力捧げちゃったじゃない」


「最初は記憶がなければ別人かなと思ってたんですけど、別にそんなことありませんでしたよ。記憶を失っても彼は彼でした。まぁ昔話で盛り上げれないという違いはありますが、それだけですね」


「記憶を失っても変らない……な~んだ、まぁそういうもんだよね人間って」


「悪魔さんに直接に会ったら、聞きたいことがあったんです」


「何?」


「うちに来た黒猫ってあなたですよね?」


「うわっ、やっぱり気づいてたんだ。性格悪っ」


「確信はなかったんですけどね、キャットフード食べてたし」


「はぁ……どうにかして貴方の暴走を止めようと彼の夢に干渉して忠告してたの。猫なら寝ている時に近づいても不自然じゃないでしょ?」


「そのせいでなんか逆に怖いことになってましたけどね」


「正直、やりすぎてしまった感は否めないかも」


「前から気になってたんですけど、なんで私をいつも助けてくれるんですか?」


「そりゃあ、私は悪魔だからよ。契約された分の仕事をしているだけ」


「だって、よくよく考えてみたんですよ。私って記憶と視覚から出来てるじゃないですか」


「そうね」


「だったら貴方は何も手に入れてないじゃないですか」


「……そうね」


「だったら何故なんですか?」


「……さぁ?」


「ふふっ、やっぱり、貴方はお父さんの事を……」


「さぁね」


「アハハ、そうですね!関係ない話ですが、私のお父さんは最後は貴方のこと親友って言ってましたよ!貴方が一番だって」


「しってる」


「ふふ、じゃあ私はこれで」


少女は軽く一礼し、背を向けてゆっくりと歩き始めた。

道を戻りながら、少女はふと振り返った。墓の前にはまだ女性の姿が見える。彼女はまるで見送るように静かに立っていた。少女は再び微笑み、小さく手を振った。女性もまた、静かに手を振り返す。

少女は深呼吸し、再び前を向いて歩き出した。彼女の足取りは軽やかで、心は晴れやかだった。墓地の出口に近づくと、帰りを待っている青年の姿が見えた。少女は少し駆け足になりながら彼の元へと急いだ。

少女たちが完全に視界から消えると、墓前には再び静寂が戻った。悪魔は墓石にそっと手を置き、目を閉じる。

「私は色欲の悪魔。だからなのかな、楽しかったよ。私に恋をありがと」


悪魔は一瞬、何かを思い出すように空を見上げ、そして再び墓石を優しく撫でた。

微笑みを浮かべたまま、彼女は静かにその場を立ち去った。


「じゃあね親友」


女性の言葉は風となって空へ響く。


遠くで幸せそうに支え合って歩く青年と少女の姿。

その二人を包み込む様に優しい風がやってきた。


それは暖かい春が来たのだと教えてくれるものだった。

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色あせた記憶 ラトヒル @rathill01

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