「これまで」と「これから」と。

 あれから四ヵ月が経った。


 ようやく、今の生活にも慣れてきた。

 服薬とCPAP療法のおかげではあるが、入院当初に比べれば血圧も安定している。


 慢性的な頭痛もなくなったし、顎周りの肉も少し落ちて、すっきりしたと言われるようになった。


 細くなったのは指もだ。いつの間にか、ぴったりに作ったはずの結婚指輪がスポスポと抜けるようになっていた。今思えば、当時から血圧が高くてむくんでいたのだろう。もっと早く気づけばよかったと思う。


 再就職はまだ決まていないが、両親にも現状を説明すると理解を示してくれ、治療に専念する生活を送らせてもらっている。何十年という不摂生を改善するには長い年月がかかるだろうが、ほんの少しずつは前に進んでいると思う。


 ――それでも。

 毎朝、目が覚めると左目の視力チェックをしてしまう。あの日の朝のように。


 左視野に影はある。灰色の欠損は依然として残っている。

 そんなの当たり前である。治っているはずはない。これは一生付き合っていくものだとわかりきっているはずなのに――あれは夢だったんじゃないか、と一縷いちるの望みをかけて、毎日毎日、繰り返してしまう。


 ……なんで、こんなことになっちゃったかなぁ。


 多少なりと落ち着いたとしても、病気そのものを受け入れることは、残念ながらまだまだかかりそうだった。


 もし、これを読んでくれている読者がいるのなら、心してほしい。


 これは僕だけに起きる出来事じゃない。

【網膜動脈閉塞症】も【高血圧】も、【無呼吸症候群】だって、珍しくもない一般的な病気なのだ。難病じゃない。誰にだって起こり得る。


 世の中には、僕よりももっと辛く、苦しい病気に立ち向かっている人々がたくさんいるだろう。自分だけがと悲劇の主人公ぶるつもりもない。それでも、残りの生涯、欠けた視界で生きなければならなくなった人間から言わせてもらえるのなら……。


 月並みだけど、失った健康は二度と戻ってこない。


 日々の仕事も、楽しくてやめられない趣味も、健康な心身があってこそできることだ。心身が健やかである人は、そのかけがえのない心と体を大事にしてほしい。少しでも長く続くよう自愛してほしい。


 ――も続く保証なんてどこにないのだから。

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左目が見えなくなった話【短編】 白武士道 @shiratakeshidou

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