死の恐怖。

 一週間の長い検査の末、僕の左目に起こった病気は【睡眠時無呼吸むこきゅう症候群】と【高血圧】が原因だと診断された。


 慢性的な睡眠時の無呼吸によって高血圧が恒常化し、動脈硬化によって左目の動脈に血栓が詰まった……という流れらしい。


 確かに、在職中から血圧はヤバいなと思っていたが、それ以上にヤバかったのが【睡眠時無呼吸症候群】のほうで、本当は精密検査をしなければ保険適用できないはずのCPAPシーパップ療法が、即適用できるほどの重度判定だった。


 ドクターから「左目は警鐘けいしょうだったのかもね」と言わしめるほど、僕の体はいつ突然死してもおかしくないほど状況だったそうだ。


 医師の話を聞けば聞くほど、検査をすればするほど――死神が、すぐそばまで歩み寄っていたのだと気づかされる。


 治療方針が決まって退院した僕は、すぐに減塩生活を始めた。


【睡眠時無呼吸症候群】は不治の病ではないが、完治するのは難しい。CPAP療法も、あくまで睡眠時の呼吸を機械で補佐するだけで「改善」ではないからだ。


 その原因は様々で、口呼吸、肥満による舌や喉の脂肪増加、加齢による筋力低下、扁桃腺やアデノイドの肥大化……顎の形なんかも一因だとされる。


 僕の場合は、まず地道な減塩とダイエットが求められた。【高血圧】と【無呼吸症候群】、どちらの改善に必要なことだったからだ。


 1日の塩分は6g以下を目指した。三食自炊。加工したものはどうしても塩分があるため、食材は生の肉や野菜を使用して一から作る。


 これまで気にしなかったが、小麦製品も食べるのを控えるようになった。パンには意外なほど塩分が入っていることに気づいたからだ。


 小麦のグルテンも血栓の原因になるそうで、実際に詰まった人間としてはちょっと距離を置きたい食べ物だった。もちろん、カップ麺やハンバーガーなどは論外。いまや雑穀米と味のない肉野菜スープが主食になった。


 また、体重を減らすためにカロリーコントロールと運動を始めた。毎日1万歩のウォーキングを心がけ、一食は炭水化物を抜くようにした。


 また、少しでも左目の症状が緩和するように高気圧酸素療法も試してみた。


 お菓子もやめた。煙草もお酒もやめた。生活リズムを根本から見直した。


 ……改めて、だらしない身体だと思う。


 こうなると知っていたら、生活を改められていただろうか。


 若さにかまけて、ブラックな業務をこなしていた自分を責めたくなる。善意を搾取されていると気づきながら、情に負けて無理だと断らなかった自分の愚かさを呪いたくなる。不規則な労働時間、休日返上、その疲労をごまかすために栄養ドリンクやジャンクフードを奔放に食べていた昔の自分に、怒りがわいてしょうがない。


 だが、何よりも、今は死ぬことが怖かった。


 妻を残して逝きたくはなかったし、僕自身、まだまだ今世でやり残したことは山ほどある。今はただ、いつか来るであろう死を、いかに遠ざけるか。猶予を稼ぐことができるのか。そのことだけしか考えられなかった。


 そんな暮らしをしているうちに、あれだけ意気込んで参加していたコンテストも、気がつけば終了していた。


 実にあっけない幕切れ。今回もまた中途半端に終わった。


 けれど、僕と病気の戦いはまだまだ続いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る